回答拒否 プロローグ2 月夜の出会いは運命の合図 薄暗い路地裏を逆立った髪の少年が歩いている。 長身ではあるが、身にまとう学生服と顔立ちから見るに十五歳ほどだろうか。にじむ雰囲気は老成しており、冷徹な雰囲気と相まって年齢の判断を迷わせる。 少年の進行方向では、胸元を『矢』に貫かれたチンピラ風の男が地面に転がってあえいでいた。 着崩した黒いスーツに赤いシャツの男は、心臓を矢に貫かれつつも生きている。ただ自身になにが起こっているか分からない様子で、息を荒げる。 現代社会において明らかに異質な光景を目にしつつも、少年の目は揺らがない。 ただ男の目の前まで行くと立ち止まり、男を見下ろして口を開いた。 「生きてたな――おめでとう」 慣れた言葉だった。 はじめてのことではなく、幾度となく同じ言葉で祝福をしたのだろうとうかがわせる声音。 「キミはこの聖なる矢に選ばれた。スタンド使いとしてね」 「あ゛……?」 「まだ理解が及ばないのも無理はない」 散漫な動作で自身を見上げて眉をしかめる男に、少年は優しくそう言う。 身体をまるめてかがむと、少年は男の胸元から突き出た矢じりを容赦なく掴んだ。 そして引き抜く。 矢にまとわりついた血を振り払うと、ハンカチできちんと拭う。もっていた学生鞄に矢をしまい、腰を落として男と視線を合わせた。 年端もいかないであろうはずの少年は裏社会に生きるであろうチンピラ風の男に優しく首を傾げる。 大人が子供にする時のように。 「さて。これからすこし話をしようじゃないか――矢がキミに与えた力について、すこしね」 月明かりだけが、秘密の会話を聞いている。 結論から言って、その日虹村形兆にとって収穫はなかった。 『弓と矢』で射った男はスタンド使いとして開花したものの、形兆の望む能力を有していなかった。 手当たりしだいに人間を射ってもいたずらに死者を増やすだけで、なんの意味もない。もっと効率よくスタンドの才能がある人間を見極める方法はないものか。 夜の街を歩く形兆の耳に、かすかな歌声が聞こえたのはそんな時だ。 こんな夜更けに歌うとは近所迷惑だな――と思いながら、足は自然と声のするほうに動いた。 森林公園の木々を抜けると、広場に一人の少女が立っている。 学校のクラスメイトだ。話したことはないが、穏やかで物静かな少女だったと記憶している。 その少女が、冷たい風に学生服のスカートをなびかせて歌っていた。 歌詞があるわけではない。ただ喉を震わせ、全身を楽器にして音を楽しんでいる。 木の葉が舞い落ちる様子が、形兆には少女に一目会いたいがためにその命を散らしているようにすら思えた。 形兆は後々こう語っている。 あれは少女に見とれていたのではなく、その傍らに佇むモノを観察していたのだ――と。 少女が腹の底から音色を紡ぎだす度、傍らに揺らめく手の平大のスタンドにも反応があった。響くようにスタンドのボディが震え、音を増幅しているように見える。 形兆はその様子を食い入るように見つめていた。 少女を矢で射った記憶はない。だとするならば、彼女は生まれつきのスタンド使いなのだろうか。 気持ちが半分以上歌声に向いていた。散漫な思考は途中で掻き消え、心臓を握りこまれるように意識を掌握される。 公園の街灯というスポットライトに包まれ、心底楽しそうに歌う少女に形兆は目が離せなかった。 「……ッ、誰っ!?」 歌声はふいに止む。少女は形兆を見つめると、恥ずかしそうに顔を赤らめた。 「やだ、虹村くん? いたなら言ってよ……は、恥ずかしいなぁ、もう!」 「すまない、楽しそうだったんで……」 当たり障りのない言葉を言いながら、視線は少女の傍らに寄り添うものに集中してしまう。 少女は形兆の視線に気づくと、顔をこわばらせた。 「……この子が、見えるの?」 「ああ。お前のスタンドか?」 隠す必要はない。もしかしたら父を殺せる能力を、少女が持っているかもしれないからだ。 困惑した表情の少女に、形兆は自らのスタンド、バッド・カンパニーを足元に発現させた。自分と相手が同じ存在なのだと認識させるにはスタンドを見せるのが手っ取り早い。 少女は目を見開いて驚いた。自分以外のスタンド使いと遭遇するのははじめてらしい。 「我がバッド・カンパニーの幾何学模様が美しいだろう? これはスタンドと呼ばれるものだ。選ばれたものしか発現せず――」 駆け出した少女が胸に飛び込んできて、形兆は言葉を止めていた。 飛びかかるように抱き締められ、思わずからだの均衡を崩しかける。どうにか持ちこたえると形兆は内心の動揺を顔に出さないようにしながら、少女を引き剥がそうとした。 その手が止まったのは少女が泣いていたからだ。 「嬉しい……この子が、この子が見える人がいるなんて……!」 からだが密着し、かすかに熱を持つ。 少女の喜びに呼応してか、少女のスタンドが周囲を跳び跳ねている。 情熱的な抱擁ののち、少女は目元の涙をぬぐいながら、はにかむように泣き笑いの表情を浮かべた。 「見えてくれてありがとう、虹村形兆くん」 屈託のない笑みに形兆はどう反応すればいいかわからず、ただ息をつまらせた。 形兆にとってはスタンド使いとの些細な邂逅だが、少女にとっては大いなる救いだったのかもしれない。 そして確実に、形兆が気づいていなくとも――この出会いが形兆の血塗られた人生にかすかな灯りを灯したのは、まぎれもない事実だった。 [次へ#] [戻る] |