回答拒否 第15話 胸の痛みは行き先不安の警告 朝――冷蔵庫を開けると、昨日の残りと思しきカレーがタッパーに入っていた。 律儀にも『甘口』と紙が貼ってあるそれを見て形兆は眉をしかめた。昨日、香澄と億泰に勝手に食事させた時点で覚悟していたが、自分の領域に踏み込まれた気がして不快だった。 香澄との同居が始まってからまだ二日目だが、今後のことを考えると頭が痛くなってくる。 カレーのタッパーをレンジに放り込むと、階段から誰かが降りてくる物音がした。ひかえめにゆっくりと降りてくる音が億泰のもののはずがない。香澄だ。 「おはよう……ございます」 おずおずとした挨拶が聞こえる。振り返ると香澄はすでに自身の制服を着ていた。 昨日と同様に香澄を無視した。台所の入り口で、物に隠れるようにして自分を見つめる視線が、ひしひしと伝わってくる。 「あの……」 無言で睨むと香澄の肩がぴくりと震えた。怯えた視線がどうにも自分をとがめているように思える。 「……なにもしないのは悪いので……なにか、手伝わせてくれませんか」 敬語なのは、単にこの家の実質の主が形兆だからだろう。 返事に逡巡していると、香澄は慌てて付け加えた。 「じぶんちのことやってたのはぜんぶわたしなの。だから炊事洗濯掃除、全般できると思う。なにか手伝わせてほしいの。虹村くんのこと……」 最後の言葉は消え入るようだった。 控えめで怯えた声を聞いているとイライラする。以前のようにあからさまな好意を見せ付けられてもイライラするが、自分を恐れている人間と長時間一緒にいたいとも思わない。 形兆と実家を天秤にかけ、香澄は形兆と共に暮らす恐怖や問題を選んだ。形兆はそれを了承した。それ以上でも以下でもない。 この家のことに香澄を関わらせる気など、形兆にはないのだ。 「家のことに口出すな。この家に居着こうがなんだろうが、てめーは結局他人だ……そこで黙って座ってろ」 「ん、うん……。わかった……ごめんなさい」 「……そうやって殊勝な面して、暗に責めてんのか?」 「え?」 刺々しい言葉がついて出た。控えめな香澄の困惑に、高く響く電子音が割ってはいる。 レンジを開けてタッパーの中身を皿へと移す。 首を締めたことを悪びれる気など形兆には露ほどもない。形兆の地雷原に、無防備にも素足で踏み込んできた香澄の責任だ。 忠告はしていた。そのうえで香澄は形兆とかかわり、そして死にかけた。それだけの話で、香澄の自業自得だ。 「わたしは……」 「香澄〜おはよー。二人とも早起きだよなぁ〜俺ぁ眠くて眠くて……」 扉を開く音と億泰の間延びした声がリビングに響く。 香澄は形兆の様子をちらりと伺ってから、ごまかすように億泰に笑いかけた。 「おはよう、億泰くん。ひとりで起きれたんだね、えらいね」 「お〜頑張ったぜ今日はよ」 「あっ、だめだよ寝ちゃあ」 リビングの椅子に座ってテーブルに突っ伏す億泰に、香澄は苦笑する。 [*前へ][次へ#] [戻る] |