回答拒否 第15話 2 香澄がリビングで億泰の相手をしている間に、朝食の支度を再開した。 三人分の食事をテーブルへ運び、それから専用の大皿に四人目の食事を盛り付ける。 カレー、白米、味噌汁。それらを底の深い大皿にぶちまけ、ぐちゅぐちゅとかき混ぜる。 毎回のしぐさで、行為自体はなれたものだ。だが心がよどむことには変わりない。 「……それは、おじさんの?」 形兆の持つ大皿を見やって、香澄がこわばった声を出した。昨日は香澄が起きる前に済ませたから、香澄がこれを見るのは初めてなのだ。 やはり、他人からは奇異に思われて当然だ。苦々しい気持ちが波紋のようにゆれる。形兆は無言で二階の父親の部屋へと行き、大皿を床に置く。 野獣ですらもうすこしマシな食べ方をするだろう。慣れきっていたが、行為そのものはいまだに許せるものではなかった。 階段を降りてリビングへと戻ると、億泰があくびをかみ殺していた。 「香澄、どうする? 今日も親父と食べるか?」 「あぁ?」 形兆は思わず低い声を出した。 あからさまに不快感を表に出す形兆を見て、香澄はスカートの裾を握りこんで所在なさげだ。 「虹村くんさえ良ければ……いいかな。おじさんと食べて」 「頭おかしいぜ。お前」 「ごめんなさい」 吐き捨てるように言うと、香澄が力なく謝った。なにを悪いと思っているんだと自然と責め立てそうになって、形兆は億泰の視線に気付いて言葉をつぐんだ。 気まずい空気が流れる。 「兄貴ィ〜っ。香澄はおやじが好きなんだよ……あんまひどいこと言うなよ」 「それが異常だっつってんだよ」 「まあ……そりゃそう思うけどよォ」 億泰のコメントにはいまいち緊張感がない。 顔を歪めながら、形兆はどっかと椅子に座り込んだ。億泰用に作られた甘ったるいカレーに七味唐辛子をバスバスと入れて、口にかっこむ。 香澄は物言いたげな顔をして、億泰と顔を見合わせる。どこで食事をしていいのかわからない、といった表情だ。 「まあ……おやじにメシ食わせないといけないのはそうだしよォ〜別にいいだろ兄貴ィ。行こうぜ、香澄」 「え、でも虹村くんがだめだって」 「いいんだよ。基本、俺と兄貴ってメシ食うの別々だし……」 香澄のカレーを持った億泰がすたすたと父親の部屋まで歩いていく。香澄は困惑しながら形兆と億泰の分のカレーを見て、なにも持たずに億泰を追いかけた。 ややあって億泰がリビングへと戻ってくる。 自分のカレーを持っていくのかと思いながらカレーを租借していると、億泰はそのまま椅子に座った。 「……いかねーのかよ」 「香澄が、兄貴と食えってよォ。ひとりは寂しいからってさ」 「俺が寂しいとか感じるようなガラだと思ってんのかよ」 「ど〜だろうな〜」 睨み付ける形兆の眼光をさらりと受け流しながら億泰はカレーを口いっぱいに頬張る。 「やっぱり香澄の作るメシはうめぇな〜」 ――カレーなんて誰が作ろうが一緒だ。 七味唐辛子を大量に入れた、本来の味が崩れたカレーを食べながら形兆は心中で吐き捨てたのだった。 「あれ? 兄貴もう学校行くのか」 食後、皿洗いを申し出た香澄を置いて家を出ようとした形兆の背中に、億泰が問いかける。 いつも家を出る時間より十分ほど早い。決まりごとを大事にする形兆が予定を違えるなど、なかなかないことだ。 形兆は靴を履きながら短く答えた。 「お前らは好きなように登校しろよ」 「いっしょに登校したら、またへんなうわさ経っちゃうしれないもんね」 億泰と違って香澄は察しがいい。 頷いて、無言で家を出た。背後から香澄の『いってらっしゃい』という声が聞こえたが、無視をした。 いつも通りの時間に教室について本を読み出す。 しばらくして人が多くなってきた頃合に、隣の机にぼすんと学生鞄が置かれた。 「ぁ……」 香澄は形兆に声をかけるのを逡巡した。 助けを求めるように教室を見渡して、それから声をひそめて形兆に話しかける。 「挨拶していい……?」 無視しようかと思ったが、香澄が椅子に座れずに形兆を伺っているので、仕方なしに本から視線を外した。 不機嫌そうな表情を意識して香澄を見上げる。 「お、オハヨウ……」 おそるおそると言った具合の挨拶を、形兆は無視する。冷たい態度に、しかし香澄は安心したようで、ほっと息をついて椅子に座った。 白々しくもぎこちないやりとりだ。形兆は香澄のほうを見ないようにしながら、静かに溜息を吐く。 それでも、以前よりはすごしやすくなっただろうか。まだ、形兆にはわからない。 ただそわそわとした違和感だけが隣にいた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |