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第4話 忠告が示す暗号
 香澄からレシピノートを借りた形兆は、放課後になるとスーパーに向かった。
 冷蔵庫の中身を思い出しながら食材を買い込んだところで、形兆ははたと立ち止まる。
 新しい料理に挑戦したところで、どんな顔をして億泰に食べさせればいいのだろう。

 香澄は『こっちが大人にならなきゃ』と言った。しかし形兆は百パーセント自分は悪くないと思っている。俺が悪かった……などとは絶対に言いたくもないし、自分から折れたくもない。
 モンモンと考え込むはめになっているのも、すべて文句を言いだした億泰のせいだ。
 一時は静まっていた怒りがふつふつとわきあがるのを感じながら、形兆はスーパーを出る。

「あっ……兄貴」
「……億泰」

 事の発端である弟とばったりと出くわした。
 今もっとも会いたくない人間の声に、自然と声が忌々しげなものになる。
 億泰の傍らには香澄がいる。もしかすると一緒に帰っていたのだろうか。
 ――ほだされんなって言っといたのによ〜ッコイツ、マジで人の話聞いてねぇ。
 あからさまに表情をゆがめる形兆と、気まずそうに億泰を見比べて香澄は苦笑した。

「こんにちは、虹村くん。お買いもののあと?」
「まあ……な」

 香澄は形兆の持つスーパーの袋を見てふっと微笑んだ。
 対する億泰は無言でうつむいている。
 なにを話せばいいのかもわからない。無視して隣を通り過ぎようとした形兆を香澄が止める。

「億泰くんが言いたいことあるんだって」
「あぁ?」
「う……っと、その、兄貴……」
「ほら、がんばって」

 香澄が億泰の背中を優しく叩いて、言葉を促す。
 しばらく言葉を詰まらせてうめいていた億泰は、ぐっと叫ぶように言った。

「その……ッ兄貴、俺が悪かった! 兄貴が色々大変なのもわかってるのにわがまま言って……レパートリー増やしてほしいのはマジだけど、なんつーかよ〜ッ、悪かった!」

 思わず形兆は面食らった。
 億泰と喧嘩する時は、愚弟の至らなさに鬱憤をためこんだ形兆が怒りを発散し、億泰はしばらく言われるがままになりながら形兆の怒りが静まるのを待つものである。

 億泰は所在なさげにしながらも形兆をじっと見つめている。
 いままでこういった謝罪の仕方をされたことはなかった。形兆はどう反応をすればいいのか悩む。

「どうした、億泰。いやに素直じゃあ――」
「虹村くんっ」

 憎まれ口を言おうとした瞬間、香澄に言葉を遮られる。
 香澄が眉をあげて形兆を睨んでいる。とはいえ元がのほほんとしているので、さほど迫力はない。
 言外の訴えが伝わって、形兆は息がつまった。
 根負けしてため息を吐く。

「もういい、怒ってねぇよ……レパートリー、すぐには増やせねェかもしれねぇがなるべく努力してやる」

 億泰の顔がぱっと明るくなる。香澄と顔を見合わせて、ほっとしたように笑う。
 表情をほころばせた香澄は億泰の背中をいたわるように撫でた。そうしていると香澄と億泰が仲のいい姉弟のように思えてしまう。
 普段なら、距離の近い二人に無暗に苛立つところだろう。
 しかし今回はそうはならなかった。
 香澄が本気で形兆と億泰の仲を心配していて、本気で仲直りに安心したことがよくわかったからだ。

 ――まあ、今回は許してやるか。
 誰に対してでもなく心のなかで呟いた。

 次の日。

「おはよう、虹村くん」

 朝、席に座る香澄に視線だけを返す。
 香澄は授業ノートを机に広げながら、形兆に話しかけた。

「晩御飯どうだった?」
「ああ、お前から借りたノート使ったんだが……」
「お口にあった?」
「クッソ不味かった」 

 形兆がそう言うと、香澄はぷふっと吹き出した。
 眉をしかめる形兆を見て、香澄はこらえきれずに声をあげて笑い出す。


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