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永遠の片思い1(平凡受け/美形攻め/不倫愛/アラサー)
あの頃と変わらない、柔らかい微笑み。
「…ひさ、しぶり」
俺は上手に笑えていただろうか。
広がる黒い闇に雲間に隠れていた月が現れる。淡い光が上空から降り注ぎ、俺達二人を薄らと照らす。
* * *
来るつもりはなかった。
高校の同窓会。仲の良いクラスだったがあれから十年経った現在、連絡を取っている友人は片手で数えられる位だ。高校を卒業して、直ぐに留学したのも、疎遠になった理由の一つに挙げられるだろう。
実のところ現在も俺は海外に住居を持つ。
久しぶりに実家に帰ったのは昨日で、同窓会の便りが偶然母親から渡されたのも昨日のだった。特別仲の良い友人もいないので不参加を決め込もうと思っていたのだが、近所に住んでいた友人(そいつも勿論高校のクラスメートだ)にぶらついていたところを発見され、半強制的に参加させられた。
俺は焦っていた。
不参加を決め込んでいた理由は他にもあったからだ。
―会いたくない男がいる。
「透?あいつ、不参加らしいよ?」
店の前で、覚悟を決め問い掛けると、返事は俺の予想とは有り難い事に異なっていた。
固くなっていた心が、段々と解かれていく。なんだ、そうか。
そういえば他人とは馴れ合わない性格だったのを思い出す。俺がいつも無愛想なアイツとクラスメートの橋渡し的な役割を担っていたっけ。感情が上手く表情に表せない上に、やけに顔が整っていたのも手伝って、近寄り難い雰囲気を醸し出していたアイツ。
俺にだけ話し掛け、俺にだけ笑い掛ける。
そんなんじゃ駄目だろお前、他の奴とも話せよ、なんて諭したって首を傾けて困った風に笑うだけだった。
『笑ってないでさ、ほら皆と、』
『―いけない?』
『え?』
『スグル以外の人と関らなきゃ、いけない?』
『そ、んなんの…』
(そんなの―)
『…いけなく、ない。』
俺だけの透。
俺だけに存在する、透。
不様でも卑怯でも、俺は独占出来る喜びに一人浸っていたんだ。
透も知らなかっただろう。俺の汚くて、脆い部分。
「スグル!」
ハッ、と意識が戻される。
隣を見ると、クラスメートがどうした?と酒に酔ったのであろう、赤い顔で聞いてくる。
「いや、何でも…ない」
「ボーッとしてんなよ!あれだろ、お気に入りの透がいなくて寂しいんだろ?」
「何だソレ。」
苦笑いを浮かべながら未だ舌に慣れない酒を無理矢理口に運ぶ。
「だよねぇ。スグルと透君、特別仲良かったから」
正面に座る女性が頬杖をつきながら俺に話し掛けて来る。
「そう、かな?」
嘘だ。本当は確信している。
俺にもまぁ・・・友達は数える程だが一応居たが、アイツは別格だった。何をするにも、何処へ行くにも行動を共にしていた。そう、友達と呼べる奴は俺一人だったのだ。
「そうだよー!スグルばっかり透君独占してズルイって女子の間でちょっと嫉妬されてたんだよ〜」
ピシッとお酒で頬が上気している女子に指を差され、内心、自覚があっただけに焦る。
「嫉妬って…、俺も男なんですけど…」
「スグルは女子からは男扱いさえてなかったもんねぇ〜」
「そうそう!多分透君がいなきゃスグルの存在価値だいぶ薄れてたと思うよ〜!」
「学園の王子に付きまとう従者!なーんて事も言われてた言われてた!」
キャハハ、と当時を振り返る思い出を語るのは自由だが、いささか言葉に棘がありすぎる様な気がするんだけど…。まぁ透の側に居たら陰口なんて叩かれない方が不思議な位だった。
レベルと釣り合いとを考えろと。
お前も可哀想だし、透も可哀想だ、と。
生徒からは勿論、生徒程直接的では無いにしろ、先生からもそれっぽい事を言われた記憶がある。
それでも他人の話に耳を傾ける事なく俺達は互いを離さなかった。
あの日、まで―…。
「ほんっと、透王子を独占した罪は大きいぞぉ!」
くだを巻かれて、肩を組まれる。
こうなりゃただの酔っ払いだな、と小さく溜息を吐いた。
高校生時代の不満をぶちまけられてると思えばまぁ…
こんな言葉位ナンとでもないさ。
曖昧な笑顔で女子からの攻撃をやんわり交わしていると、
「うん、でもまぁ…透君、今日来れないのは仕方無いかもねぇ。」
「え?どして?」
俺では無く、隣の男が問う。彼女は間髪を容れずに言葉を続けた。
だって、と。
「透君結婚して、ええっと。もう二児のパパなんじゃなかったっけなぁ。」
三児かもしんないなぁ。と彼女が指で数を数える。
クラリ、と視界が揺れる。
酒に酔ったのだろうか。
「私何気にショックだったんだー。透君って、私達女子生徒の間で王子様扱いされてたからさぁ。でも高校時代、透君彼女いる気配全く無かったし。」
「スグルが一緒に居過ぎだったせいなんじゃねぇの?」
「あ、有り得るー!」
キャハハ、と高い声が周りに響くが、俺の耳から聞こえるのは五月蝿く響く己の心臓の音だけだった。
「…れと?」
声が、擦れる。
上手く音にならない。
「誰、と?」
「スグル知らない?ほら、隣のクラスでさ、文化祭でミスに選ばれた子!」
「ああ、俺知ってるー!あれだろ!卒業式に透に告って、唯一オッケー貰った子!」
「そうそう、その子ー。悔しかったよぉ、透君はどんな子も今まで断っていたからさぁ。あの子も断ると思ってたんだけど…ま、ミスだからねー」
別格だったんだね、と彼女は目を閉じ、頷く。
あの子、か。
知ってる。
透は俺の告白を断って、…あの子の想いを受け取ったんだ。
思い出す、俺にとったら無情な光景。
マフラーに頬を埋め、目の前に居る男を真っ直ぐに見据えながら、俺は一世一代の告白を遣り遂げた。
否、遣り遂げようと…した。
「透、俺、お前の事、」
「―…」
「俺、…っ」
「違う!」
透の急な大声に、ビクリ!と揺れる俺の身体。
困惑してしまう。
透の声の音量にでは無く、発言の意味に、だ。
違う?何が違うと言うのだろう。俺は視線だけで、透に問い掛ける。
「スグルは、…違う。」
「え…」
「違うんだ、スグルは―・・・お、れとは・・・ッ、」
途切れる透の台詞に否応無しに心臓が飛び出さんばかりに早鐘を打つ。違うとは何が、だろう。雰囲気で俺が言おうとしている言葉、気持ちは感じ取った筈だ。その上で透から発せられる、否定の言葉。
(ああ、俺、透に振られたんだ。)
透と俺の間に、壁が出来た。
…馬鹿みたいだ。透が俺を要する気持ちを恋愛感情として取ってしまった己が恨めしくて仕方無い。数分前に時間が戻せるものなら、と唇を強く噛む。
「と、透君…」
遠い場所で透を呼ぶ儚げな声。
可愛らしい女の子が其処に居た。
透は眉間に皺を寄せると、何。と低い声で返した。
俺の方をちらりと見るが、彼女は透の目前まで大股で歩くと、伏せていた頭を上げる。
好きです、と。
控えめだが、確かに彼女はしっかりとした口調で云い終えた。
俺が言えなかった言葉をああも簡単に言われてしまうと、悔しくって悔しくって…少し切ない。
断ると思った。
透は今までどんな美人でも可愛い子でも評判の良い子でも、告白されて受け入れた試しが無い。俺が何度も付き合ってみたら、と進めても興味が無いから、の一点張りだったから。その状況にすっかり安心していて、淡い期待を抱いてしまった俺は、何を血迷ったのか…先程のような馬鹿な告白をして失敗してしまったのだけれども。
透がちらり、と俺の方を見遣る。
泣きそうな、目で。
俺を数秒見つめる。
(…と、おる?)
泣きたいのはこっちなのに、と考えながらも如何した、と問う予定の言葉は掻き消された。
透の承諾の言葉によって。
「いいよ。あんたと付き合う。」
―目の前が真っ暗になった。
白い雪が舞う中で、俺の意識は闇に覆われた。
離れていく。透が俺から離れて行く。
(行かないで…!)
足が震え、立っていられなくなった俺はしゃがみ込んで、抑え切れない涙を必死で拭う。何時もなら―俺が少しでも困っていたりしたら何時もなら透は誰よりも真っ先に気付き、俺の側に寄って来てくれるのに。
本当に側に居て欲しい時に居てくれないなんて、酷い奴だ。
嗚咽を必死に抑える俺を置いて、透は彼女と消えて行ってしまった。雪だけが俺を慰める様に降り注ぎ、包んでくれた。
あれから直ぐに留学処理を行った。
卒業後も行きたい大学も決まっていなかった俺が留学の意思を伝えると両親は渋い顔をしながらも、目標が出来るのは良い事だ、と了解を得られた。
実際、伝えた目標など口から出任せだったが。
兎に角、透から離れたかった。
あのまま透の近くに居るなんて耐えられない。弱い男だ、と罵倒されても良い。それ位俺のに深い傷を負わせたのだ、あの男は。
十年経った今、流石に傷も癒えただろうと思っていたが、どうやら傷が俺が思っていたより深手だったらしい。
クラスメートの悲報に未だ俺の心臓が酷く、痛む。
「ああ、でもさっき俺、透に電話したよ?」
向かい側に居た男が俺達の話を聞いていたのか、口を挟んできた。
「やっぱ忙しいみたいでさ、無理って最初は言ってたんだけど、スグルが来てるって伝えたら、やっぱ来るってさぁー」
俺頭良くない?と隣の女性に頭を突き付けている。如何やら撫でて欲しい様子だ。彼の意思とは逆に、軽い調子で頭を叩かれていたようだが、申し訳無いが今の俺はそんな情景、如何でも良い。
透が来る、…―来てしまう!
コートを着込み、側に置いてある鞄をガッシリ掴むと、急いで参加費を財布から出す。隣の男に握らせ、スックリ、と立ち上がると急いで出口へと向かう。
「あれ?スグル?トイレ?あれ、でも金…」
「それ、今日の分!悪い、俺用思い出したから帰る!」
ほんとごめんな、と両手を合わせながら出て行くと、扉の向こうから透来るのにー!と拗ねた声が聞こえた。
ハァ、と熱い息を吐く。酒だけが原因では無い、未だ上手く回らない頭を押さえながら駅付近にあった小奇麗な公園へと足を踏み入れる。木製のベンチへと腰を下ろすと、激しい動悸が段々と穏やかになる。
時計を見ると、あと三時間で日付が変わる時間だった。
白くなる息を吐くと、澄んだ空気に溶けて消えた。ああ、これ位簡単に消えれば良いのに。
アイツへの記憶も、想いも。
何年思い続けているんだ俺は。
見苦しいったらありゃしない。
不毛だし、遣る瀬無いだろこんな感情。
「…、ぅ、…っ」
熱くなる目頭を慌てて両手の掌で押さえる。再び思い返される思い出に、ドクンドクンと静まっていた心臓が動き出してしまった。
静まれ、静まれ―。
祈る様に両手を重ね合わせ、目の辺りを覆う。
ジャリ。
「…?」
自分の感情に囚われすぎていたせいだろうか。直ぐ其処まで来ていた足音に全く気付かなかった。
潤んだ瞳もそのままに、視線を足元からゆっくりと上へと見上げる。
馬鹿だ俺は。
どうして直ぐに帰らなかったんだろう。
あのまま駅に向かって、電車に乗って帰宅していれば。
こんな目に合わなかったろうに。
「とー…る・・・」
透になんて会わなかっただろうに。
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