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オジャマムシ(2)
最近は昼休み教室にいるんだね、と隣の奴に話し掛けられた。4時間目も終わり、さぁ昼飯だ、と息を吐いた途端だった。

「え…」
「前は4時間目終わるとソッコー教室出て行ってたじゃん。」
太一エスケープなんて密かに言われてたんだぜ、と指差して笑われる。そうか俺そんな風に思われてたんだ…2週間前までの俺…必死だったもんなぁ…。
なんてしみじみ思い耽っていると、隣の奴がイテッ!と声をあげる。

見ると、昴がそいつの後頭部をチョップしていた。
「なにすんだよ昴〜?」
「余計な事言わなくてイイんだよお前は。太一、今日は何処行く?」
「ああ、今日は食堂に…」

「太一。」
甘い、低い声質が教室の入り口から俺の名前を呼ぶ声。
教室内がざわめく。そりゃそうだ。学園内の人気者さんが登場したんだから。教室のドアの上部分に手をかけている。身長が高いとあんな風に手を掛けれるんだな、なんて2週間前の俺じゃ考えられない冷静な眼差しで誠二を見詰める。
自分でも驚く程冷静だ。恋心は女心と秋の空ってやつかな。あれ男心でも例える事出来たっけ?

「あいつ、今更…」
側で昴の舌打ちが聞こえる。おいおい、男前が台無しだな。誠二の方へ向かう昴の身体を無言で制し、大丈夫、と小声で囁く。
笑顔と一緒にね。

「太一…」
「ちょっと行ってくる。先に食堂行っておいて?」
直ぐ追いつくから、と言葉を続けると、注目を浴びる誠二の元へとゆっくりと歩を進めた。

「久しぶりだね、太一。」
大きな唇で、屈託無く微笑む誠二。ああ本当にこいつ犬みたいな奴だなぁ、と呆けた頭で考えていると、腕を結構強い力で引っ張られた。

「腕掴むなよ。」
俺の冷めた態度にひゅっ、と息をのむ音が聞こえた。誠二の表情を見ると混乱しているようだった。当たり前か。俺の方こそ、それこそ犬並みに誠二に対しては献身的だったもんな。
そう、犬のように。盲目的で、馬鹿みたいに。

パン、と腕を振り払い、
「どこに行くの?」
と、見下す様にし、低い声で問い掛ける。
誠二は唇と一度噛み締めると、科学準備室だよ、と一言返しただけだった。

誠二の後ろ姿を追いながら、目を細める。
不思議だ。
2週間前までこの大きな背中をずっと見詰めていたのに。手に入らない焦燥感に何度も涙して、追いかけたのに。今は何も感じない。そういえば愛しの小春君はどうしたんだろう?休みかな。あいつサボリがちだったもんなぁ。でも珍しい。小春君が休むと自動的に誠二も休むようになってるんだけど。

科学準備室に入ると、懐かしい匂いが鼻腔を掠める。
半年間通ってたもんな。鼻も覚えているんだろう。

窓際の机に腰掛けながら、誠二が真っ直ぐに俺を見遣る。射抜く様な目線に、こいつこんな表情も出来るんだな、なんて思いながら逸らさずにボーッと見詰め返す。

「…んで。」
「は?」
「なんで。どうしてここに来ないの?」
「は?」
「だから!どうしてここに来ないの?」
バンッ、と古惚けた机を叩く音。埃が辺りに舞う。

どうしても何も、
「来る意味ないから。」
「は…?」
「だから、意味が無いからだよ。」
何度も言わせんなよ、とはぁ、と溜息をつきながら頭を掻くと誠二が大股で俺に近付いて来る。
手首を掴まれると、誠二側へと引っ張られる。振り払おうと試みるが、ビクともしない。
力が無駄に強い。やだなぁ。

「いてぇな。離せよ。」
「意味あるだろ、お前、俺の恋人だろうが。」
うわぁ。天然大型ワンコ君が口調変わってますよ。
こいつ切れたら口調変わるタイプだったんだ。つかなんで切れてんのこいつ?

「はぁ?頭沸いてんのかお前」
「何拗ねてんだよ、太一。」
腰を引き寄せられ、唇を近付けられる。

(〜…!ふ、)

「ふ…、…ざけんな!!!」
肘鉄を胸元に食らわせると、容易く身体が離れる。
まさかここまで拒否されるとは思っていなかったようだ。

「太一…?」
「俺に触るな、気持ち悪い!」
「き…きも…」
きもちわるい?
俺の言葉を受け、眉を下げる誠二。この男の人生でそんな悪態をつかれたのは初めてだったのだろう。先程までの強気の態度が嘘のように、ふるふると唇を震わせ涙目になっている。

「だーいすきな小春君と仲良くやっとけば?俺もうお前に関わるつもり無いし。」
「小春は関係ないだろ」
「あつーい抱擁とキス見せ付けといて、今更」
「あ、あれは…っ魔が、さし、て…」
サッと顔色を青く変化させる誠二。思い当たる節があるのだろう。
なんだよこれじゃ俺がワンコを苛めてるみたいじゃん。
はぁ、と溜息を吐きながら誠二へときちんと向き合う。

「俺はもう、ヤなんだ。お前の気まぐれな一挙一動に喜ぶのも、悲しむのも。小春君の影に怯えるのも嫌なんだ。」
「だって、小春は幼馴染だから、恋人の太一とは違うよ…!」
「お前幼馴染優先だったじゃん。半年間。どんな時だって。俺が風邪に死にそうな時も、休み時間会うのだって全部、俺から。俺発信。お前は面倒臭そうに俺に合わせるだけだったよな。」
「そ、んな…ごめん、俺、太一は俺の側に何も言わなくても居てくれるって、」
「思ってた?大きな勘違いだよ誠二。俺はお前と会って半年しか経ってないのに。ずっと十年も昔からつるんでる小春君を優先して、俺が…俺がどんな気持ちだったか分かる…?」
小春君に嫉妬心で当たらないように。恋人であるスタンスを崩さないように、自分自身に対してどんなに見栄を張っていたか。

ぎゅう、と誠二の両手を包み込み、握る。

「俺も急にいなくなるのは駄目だったかな。うん、じゃあ、今言うよ。」
「いやだ、やだよ太一、俺は認めない!」
俺の続く言葉を読み取れるんだろう。誠二は駄目だ、駄目だ、と首を振るだけだった。
大きな手が震えている。俺よりずっと大きな、手が。

可哀想だけど、太一の今の気持ちは従順なペットがいなくなる事に怯えているだけの話だ。人間であり、大事な人である小春君とは比べ物にならない。

「誠二。サヨナラ。」
切ない事ばっかりだったけど、楽しかったよお前と知り合えて。
「い、嫌だ!俺はサヨナラしない!」
ついに泣き出したよ。切れたり泣いたり今日は誠二の色んな表情が見れるなぁ。
恋人の頃より別れる寸前の方が新しい顔を見れるって…俺達どんな付き合い方だよ。

ふふ、と目を細め笑っていると、握っていた両手を握り返される。

「太一、俺直すから、小春イチバンなところ直すから。」
「俺、別にお前が小春イチバンなところも良いと思うよ?」恋人時代は鬱陶しいなあと思っていた幼馴染関係とやらも第三者目線で見れば微笑ましいとさえ思う。

あーそうか、微笑ましい…そこまで卓越した思いで見れちゃんだもう。二人の事―…。

「お、れは!太一が来なくなって寂しくて寂しくてたまらなかった!初めは拗ねてるだけかな?って思ってたらお前、クラスの奴と飯食い始めるし…俺、それ見てたら頭に血が上って。太一は俺のモノなのに、俺の側に居なきゃ駄目なのにって…!」
「いつも側に居たのは小春君。俺は近くにいただけ。」
「近くに、俺が太一を認識出来る場所に居なきゃ駄目なんだよ…!お前は、俺の…ッ」
「ちょっ…近い近い近い…!」
両手が腰に回され、身体ごと抱き抱えられる。目の前は誠二の広い胸元だ。誠二の控えめだけど、甘いフレグランスの匂い。野生的な外見とは裏腹に、こんな可愛い匂いしてたのか。
―本当に…全部、全部終わっちゃってから知る事ばっかりだ。

「ゴメン。俺も辛抱が出来なくて、ごめん。」
「やだ、やだよ太一、俺の側に居ろよ…っ」
「ごめん。」
「小春は、もういらないから、太一…!」

お前は、
「俺のモノなんだよ!!」
背骨が軋む程の熱い抱擁に、刹那、胸が小さく傷むけど。


「ごめん、俺…待たせてるから。」
「っ誰?おれより大事なの?もう、俺より大事な奴を作ったの?」
誠二より?そんな事考えた事なかったけど。

昴は、俺の側にずっと居てくれた。
2週間前、トラウマになりそうな場面を見て泣きじゃくる俺の側に、何も言わずずっと居てくれた。
…比べるなんて出来ない。よく分からないけど。

「うん、…大事だよ。」
誠二より、と目で訴える。
愛情か、友情か分からないけど。

「ごめんね、誠二。」
茫然とする誠二の胸を片手で押し退け、立ち上がる。
食堂はやたら混むから、早く行かなくちゃ。

「太一、待って、たいち…!」

誠二の細くなる声を背中に、科学準備室を出る。
もうここには足を踏み入れる事はないだろう。

キュ、と床のなる音に同調して、誠二の声が遠ざかる。

遅すぎたのだ。
何もかも。


end.





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あきゅろす。
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