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名前をつけるならば


「兵助今頃何してるかねー?」

今年も残すところあと僅か。鍋を完食し、紅白を見ながらいつものメンバーでくつろいでいた時、ふと勘右衛門がそう呟いた。兵助、その名前にどきりとした。
そう、いつものメンバーと言うには少し語弊がある。雷蔵もいる、勘右衛門もいる、はちもいる。それなのに兵助だけがこの場にいなかった。
兵助は今近くに住む祖母の家にいる。久々知家では大晦日はそれがお決まりのパターンなのだそうだ。
そう答えた時の兵助の顔は選択肢は他にない、と物語るほどにスッキリとしたものだった。

「へえ、そうか」

俺はそう答えた。本当お前はおばあちゃんっ子だな、って言って兵助をからかって、それからあいつとは会ってない。

その時はただ何も感じなかったはずなのに、今になってざわつく心があることに気付いてしまった。たかが大晦日だ、いつものメンバーにあいつがいないからって大したことではない。冬休みが明ければ、嫌と言うほどまた会うのだ。そうひたすら自分に言い聞かせた。

「兵助のおばあちゃんちってわりと近かったよねー?」
「あー隣町だったと思うぞ。懐かしいなー夏にみんなで行ったよなーばあちゃんが作ってくれた天ぷらがすげえうまかったよなー」
「三郎なんか作り方聞いてたよね。懐かしいなあ、ね、三郎」

三郎?と肩を叩かれ話しかけられてたことに気付く。不覚。

「…え、ああ…悪い聞いてなかった」
「ううん。別に大丈夫だけど、三郎どこか調子悪いの?何だかお前、今日はいつもよりぼーっとしているね?大丈夫かい?」
「いや、寝不足なだけだ。ありがとう、雷蔵」

雷蔵のあからさまに心配そうな顔に申し訳ない気持ちになり、勘右衛門の何か言いたげな含みのある笑いに苛立った。言いたいことあんなら言えっつってんだろ、いつも。くっそ。

「よし!じゃあ飲むか!疲れてる時は飲むのが1番だってな!」
「耳元でうっせえよ!声でけえんだから!」

そして、はちの空気が読めてないなりの気の使い方に少し救われる。今年も終わりだ、俺だって晴れた気持ちで終わりたい。そういえば買い置きしてあったウォッカがあったはずだ。取りに行こうとした時、ブブ、とバイブ音が一度だけ鳴った。

「あれ、鉢屋ケータイ鳴ったかも。メールかな」
「ああ、サンキュ」

ディスプレイを見れば不在着信の知らせ。発信元は兵助からだった。
なぜワンコール。間違い電話かも知れない。最近スマホに変えたばかりだから使い方が分かっていないのかも。でも、もしかしたら。

期待した。何に対して期待してるのかも頭じゃ理解してないのに。心臓が揺れるんだ。

「悪い、ちょっと電話してくる」

そう言ってコートを羽織って外に出た。多分勘右衛門はディスプレイの発信元を見ただろうに俺の行動に突っ込むこともなく「今年の内に帰ってきてねー」とひどく楽しそうに笑って見送った。

外に出て、アパートの前の路地で電話をかける。耳に緊張が篭る。というか兵助相手に緊張って何だよ。意味わかんねえ。数回のコールの後、相手がでた。

『鉢屋?』
「おー。何だよ、電話ワン切りなんかして。こっちでわいわいやってんの羨ましくなっちゃったか?」
『いや、まあ普通に羨ましいけど。うん、まあそうじゃなくてさ』

兵助の答え方からして、間違い電話ではなさそうだ。じゃあ何で、勘右衛門でもはちでも雷蔵でもなく、何で俺?

「じゃあ何だよ」
『冬休み前のさ、お前の様子が何か気になって』
「冬休み前…?」

俺、何かしたっけ。

『大晦日の予定言った時のお前、何か気落ちしてたから』
「うそ」
『いや、まじで。うん、多分あれはそんな感じだった』

あの時はまだ、今のようにざわついた気持ちはなかったはずなのに。しかもそれを本人に、悟られていたなんて。急に羞恥心に襲われる。

「勘違いじゃね?」
「そうだとしたら俺、ただのアホなんだけど」
「は?何で、」

そう言った時、耳からするはずの声が自分の前方からもすることに気付く。まさか、

「…うそん」
「いや、本当」
「お前にそんな行動力あったことに驚きを隠せないんだけど」
「だろうね。俺もちょっと自分に驚いてるし」
「何で来ちゃった」
「だから、お前が気落ちしてたから」
「いやいやいや、だからって来る?」
「え、やっぱり俺の勘違い?なんかすげえ恥ずかしくなってきたんだけど…」

そう言いながらマフラーに顔をうずめる。寒空の下だと言うのに兵助の頬はわずかだか紅潮している。
ちょっと待てよ、反則だろ。それ。恥ずかしさってさ伝染するんだよ。

「いや、多分勘違いじゃない。俺も、さっき気付いたんだけど」
「そっか、それなら…まあ、来たかいがあると言うか、うん」

お互いに何がそんなに気恥ずかしいのか、いつも馬鹿やってる気心の知れた相手だと言うのに。これじゃあまるで俺が、


「…とりあえず、ちょっと歩くぞ」
「あ、ああ。…え、何で手?」
「知らねえよ、俺の身体に聞いてくれ」
「それどうやって聞くんだよ」
「俺が聞きてぇよ」


本当、聞きたいことがいっぱいだ。末端冷え症の俺の手が汗ばんでいる理由も。煩いくらいの心の臓の鼓動も。

さっきから分からないことばかりだ。

でも分かることと言えば、こいつがいない大晦日がどうしようもなく嫌と感じて、こいつがこうやって現れたことに心底泣きたい気持ちになっているってことだ。


まだ時間はある。誰か、今年が終わるまでに答えを教えてくれ。
だって、新しい年は晴れた気持ちで迎えたいじゃないか。



名前をつけるならば




白く放物線を描く息はだんだんと距離を縮め、やがて重なっていく。


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大晦日テキストです。明けてからの更新になりましたがせっかくなので日付けサギ(笑)
今年もよろしくお願いします!








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あきゅろす。
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