嫉妬(※18禁)・3


「ねぇ〜カイジさぁ〜ん!」
 突然、佐原が笑いながらしなだれかかってきたので、カイジは驚いた顔をする。
「そろそろ、次の店いきましょ〜よぉ〜。オレ、なんかいーかんじに酔っぱらっちゃいました〜、へへへっ」
「はぁ!? 酔っぱらったってお前、まだこんだけしか……」
 一本しか空いてないビール瓶を指さすカイジの首に腕を回し、抱き込むようにして佐原は大声で笑う。
「い〜じゃないっすか、こまかいことは! 次行きましょ〜次!」
「わかったから、ちょっとは離れろ……気色の悪い……」
 嫌そうに顔を背けようとするカイジに、ほとんど抱きつくようにして佐原は喋り続ける。
「そうだぁ〜、次はぁ〜、ふたりでカラオケなんかどうっすか〜?」
「カラオケって……お前そんな調子で歌えんのかよ?」
「だぁいじょぶですって〜。それにぃ、歌わなくても〜、オレはふたりで静かな場所にしけ込みたいだけっていうかぁ〜」
 佐原が一段と大きな声でそんなことを言ったので、周りの客の視線がちらほらと自分たちの方に集まり、カイジは慌てて佐原を嗜める。
「ばっか野郎っ……! 気味の悪ぃことを、デカい声で言うんじゃねえっ……!」
 カイジのお小言をヘラヘラ笑ってかわしながら、佐原は素早くアカギの様子をチェックする。
 しかし、これだけ騒いでいるというのに、アカギは相変わらず女性と話し続けていて、佐原たちの方を見ようともしていない。
 その様子に眉を寄せ、佐原はさらにカイジの方へ体を寄せた。
「ね、早いとこ、ここから出ちまいましょ〜よぉ。こんなとこ……いても、つまんないでしょ?」
 最後の方だけ、自分にしか聞こえないくらいちいさく、やけに真剣な声音で囁かれ、カイジは驚いて佐原を見る。
 佐原はひどく真摯な顔をしていて、ベロベロに酔っているかのような言動がすべて演技だったということに、カイジはようやく気がついた。

 佐原がなぜ、そんなことをしているのか。理由は明白だ。
 チャラチャラしているように見えて、佐原は意外と人の機微に敏いのだ。
 気を遣われている。いくらそっけないふりを装っていても、アカギのことを気にしているのが多少なりと表情に出ていたのかと思うと、カイジは情けない気分になる。

 これ以上この場所にいるのは、カイジにとって確かに面白くもない。
 だからといって、妙に頑なになっている今のカイジは、自らこの場から離れようとは絶対に言わなかっただろう。
 カイジの心理をそこまで読み切ったからこそ、佐原はこんな行動に出たのだ。

 カイジは軽く唇を噛み、すっくと席を立った。
「わかったよ……ほら、行くぞ……」
 声をかけると、佐原はニヤリと笑う。
「うわっ……! なにやってんだお前っ……!!」
 立ち上がりざま、わざと足を縺れさせてカイジの体に凭れ掛かり、佐原はアカギに聞かせるように大声で言う。
「あぁ〜もうダメっす、歩けないっす、連れてってくださいよぉ〜カイジさぁん……」
「はぁ? ったく……」
 迫真の演技だが、そこまで徹底して酔ったフリする必要ねえだろ……と内心でツッコみながらも、カイジはぐにゃぐにゃの佐原に肩を貸してやる。
「へへ〜……すんません、カイジさん〜……」
 ふにゃりと笑う佐原の体を引き摺るようにしながら、立ち去る間際、カイジはチラリとアカギの方に視線をやる。
 すると、アカギも偶々カイジの方を見ていたらしく、目線が合った。
 一瞬ドキリとしたカイジだったが、すぐにぷいと顔を背けると、
「ほら、行くぞ……ったく、自分で歩けっつうの……」
 佐原にぶつくさ文句を垂れつつ、踵を返す。

 二人三脚のようにして佐原と歩き、出口へと続く階段の付近で、最後にもういちどアカギの方を見ると、もうカイジたちのことなど忘れてしまったかのように、カウンターに向き直っていた。
 あからさまに陰るカイジの表情を、無言で眺めていた佐原は、アカギのいる場所から完全に死角になったところで、ぱっとカイジから体を離した。
「ん〜……なかなか手強いっすね、あの人。一筋縄じゃいかないって、なんとなく予想はついてましたけど!」
 急にいつもの調子に戻り、眉を寄せて大きく伸びをする佐原に、カイジは首を傾げる。
「……? いったい、なんの話だ?」
 すると、佐原は唖然とした顔つきでカイジを見る。
「なんの話って……まさか、気づいてなかったとか言いませんよね!? オレが酔ったフリしてたってこと!!」
「いや、いくらなんでも、そんくらいは知ってたけど……」
 泥酔したフリをして、佐原が自分をあの場から逃がしてくれたのはわかっているが、なぜそれが『手強い』とか『一筋縄じゃいかない』とかいう台詞に繋がるのか?
 カイジが素直にそう言うと、「やっぱり、わかってなかったんすね」と佐原はちいさくため息をつき、頭の後ろで手を組んで上を見上げる。
「あんたを連れ出すついでに、いっちょあの人に、ヤキモチのひとつでも妬かせてやろーと思ったんすけどね。うまくいかなかったみたいっすね」
「ヤキモチ……?」
「そーですよ。そんな理由でもなきゃ、誰が好き好んでカイジさんなんかとベタベタしますか」
 一言余計だ、と思いながらも、カイジは佐原の二重の思惑に驚かされていた。
 いやにくっついてきたのには、そういう意図があったのか。

 カイジの前に立ってだらだらと階段を降りながら、佐原はボソボソと続ける。
「オレああいうの、許せなかったんすよ。彼女がいるのに、他の女とサシで呑むとか……」
「……待て。『彼女』ってのは、オレのことか!? おかしいだろっ、オレはっ……、」
「あーもう、いちいち話の腰折らないで下さいよ面倒くさい。あんたが男なのか女なのかなんて、そんなこたぁどーだっていいんです!
 問題なのは、つき合ってる相手に悲しそうな顔させといて、自分は平然と他の奴と喋ってるってこと。被害者がバイト仲間なら、尚更っす。だから、一泡吹かせてやろうと思ったんすけどねぇ……あの人、最後までこっち見なかったなぁ」
 一息に捲したてたあと、佐原はなぜだか項垂れた。
 正直、余計なことするなよと言ってやりたい気持ちもあったが、今は佐原のそのお節介が、妙に心に沁みて、カイジは素直な感謝の念を佐原に抱いた。
「……ありがとな。その……悪かった。ヘンな気、遣わせちまって」
 カイジがそう、声をかけると、佐原は急に立ち止まってぐるりと振り返った。
「……なんだよ?」
 穴があくほどまじまじと顔を見つめられ、カイジがたじろいでいると、佐原はガバリと自分の体を抱きかかえるようにして腕をさすり始める。
「寒ッ……!! なんかカイジさんがそう素直だと、気持ち悪いっつーか……マジ鳥肌モンっすね……」
「……てめぇ……」
 カイジが睨むと、佐原はくすっと笑った。
「……そーっすねぇ……、本気で感謝してんなら、今日は割り勘にしてくださいよ」
「それとこれとは、話がべつだろーがっ……!!」
 ハハハハ、と笑いながら、軽い足取りで階段を下りていく金色の後ろ頭を見ながら、カイジは呆れながらも心が軽くなっていることに気がつき、苦笑いみたいな緩い笑みをその顔に浮かべた。



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