嫉妬(※18禁)・2


 カイジが注ぎ終わると、佐原は目を据わらせたまま、白い泡のたくさん立ったコップに口をつけて一息に飲み干す。
 そして、唇を尖らせ、頬杖を突いて言った。
「……で? カイジさんの方はどうなんすか?」
「は?」
 眉を寄せるカイジに、佐原はつまらなさそうな顔でお通しの煮物をつつきながら続ける。
「あの、白髪のお兄さん。上手くいってるんすか?」
 自分のことばかり話し続けたのが悪かったと思ったのだろう。仕方なく、という風に話を振られ、トンチンカンな気遣いに、カイジは渋面になる。
「べつに、どうでもいいだろ。オレのことは……」
「そりゃ……まぁぶっちゃけ、その通りなんですけど」
 へらりと笑ってそう白状し、「でも、」と佐原は続ける。
「でも、あの人モテそうっすよね、カイジさんと違って」
「うるせぇよ」
「ヤキモチとか、妬いたりするんすか? カイジさん」
「は? んなことするかよ……」
 くだらない、とばかりに吐き棄てると、
「えー……本当すかぁ?」
 佐原に胡乱げな眼差しを送られ、カイジはムッとした。
「どういう意味だよっ……?」
「べつに−。……あっ、じゃあ彼氏さんの方はどうですか?」
 話題をすっと逸らし、佐原は問いかける。
「カイジさんの周りにいる女とか……男とか? ……もしかしてオレも、嫉妬の対象にされてたり……?」
 自分で言っておいて、佐原は世にもおぞましげな顔をする。
 オレだってお前なんざ真っ平ごめんだっつうの、と心中で毒づきながら、カイジは答える。
「……ねぇよ。あいつは嫉妬とか、するようなタマじゃねえ」
「ですよねー。なんつうか、超人的ですもんね。雰囲気とか」
 知った風な口を聞いて、佐原はしみじみと頷く。
『超人的』ってなんだよ『超人的』って、とカイジはツッコもうとしたが、口を開く前に佐原の大声によって遮られた。
「……あーーーーっ!!」
 目を丸くして叫んだ佐原に、カイジはすこしびくっとする。
「……んだよ、急にデカい声出すなっつうの……!」
 カイジが咎めるも、佐原はそれどころじゃないといった顔つきで、あらぬ方向に釘付けになっている。
「ちょ、ちょ、カイジさんっ……!! アレ見てくださいアレっ……!!」
 なんだようるせぇな、とぼやきながら、小声で騒ぐ佐原の指さす先を見遣って、カイジは大きく目を見開いた。

「噂をすればなんとやら、ってやつっすね……」
 コソコソと囁く佐原の声も、カイジには届かない。
 絶句したまま、ただひたすら視線を送るーーその先にあるのは、いつどんな場所でも異様な存在感を放つ、白髪の若い男。
 見紛うことなき、カイジの恋人の姿だった。

 たった今入店してきたらしいアカギは、カイジたちのいるカウンターの方へ、まっすぐ歩いてくる。
 他に席が空いていないらしい。
 佐原は急に背中を丸め、あからさまに顔を伏せてアカギの視界に入らぬようにしている。
 碌に喋ったこともないくせに、佐原はどうやら、アカギに苦手意識を抱いているらしかった。

 すこし歩いたところで、自分を見つめているカイジの存在に気がついたのか、アカギはふたりのいる方へ近づいてきた。
「カイジさん」
「よぉ……偶然だな。お前がこんな場所に来るなんて、珍しい……」
 ボソボソ言いながら、カイジはアカギ自身でなく、その後ろの方をチラチラと気にしている。
「ちょっとね……今日は」
「赤木くん、ひょっとして……お友達?」
 アカギの言葉に被さるようにして、唐突に高い声が響いた。
 次いで、小柄な女性が、アカギの後ろからひょっこりと顔を出す。
「こんばんは。赤木くんには、いつもお世話になってます」
 女性はカイジに向かって丁寧にお辞儀する。呆気にとられていたカイジは、「あ、どうも……」と慌てて頭を下げた。

 女性はアカギより年上に見えた。妙齢、という言葉が相応しいような、はっとするほどの美人ではないが、上品な女性だった。
 女性はにっこりと笑うと、カイジたちからすこし離れた席にさっと座る。
「それじゃ……また」
 それだけ言って、アカギはカイジたちから離れ、女性の隣に座った。

 席に着き、女性と会話を交わすアカギを、カイジは呆気にとられたように、ぼんやりと眺めている。
 そんなカイジとアカギの顔を交互に見遣り、佐原はコソコソとカイジに話しかけた。
「誰……なんすかね、あの女の人……」
「……知らねえ」
 ぼそりと答えたきり、また黙ってしまったカイジを、佐原は横目でチラチラと見る。
「……気に、なっちゃいますよね。やっぱ」
 気遣うような佐原の声に、カイジはハッとした顔になり、思い出したようにビールを煽る。
「べつに……、あいつがどこで誰となにしてようが、オレの知ったことじゃねえし」
 ぶっきらぼうに吐き捨てて、カイジはアカギの方から顔を背ける。
 しかし、言葉とは裏腹に、カイジはやはりアカギと謎の女性のことが気になるらしく、場を仕切り直すようにと佐原が別の話題を持ちかけても、返ってくるのは空返事ばかり。
「カイジさん……本格的にオレの話聞いてないでしょ……」
「えっ? んなことねえよ、ちゃんと……」
「無理しなくていいですって」
 カイジの言葉を遮って、佐原はため息をつく。
 途端にしょげたような顔になるカイジに眉を下げ、アカギの方に目線を向けた。

 アカギは女性と、まだなにやら話しているようだ。
 他の客が邪魔で、佐原たちの側からはアカギの様子はうまく窺えないが、愉しそうな女性の笑顔から、雰囲気は悪くないことが伝わってくる。
 しかし店の中が騒がしすぎて、熱心に聞き耳を立ててみても、会話の内容までは聞き取れなかった。
 佐原はカイジに視線を戻す。

 表面上は精一杯強がってみせてはいても、表情が曇るのを隠し切れていないその様子を見て、カイジが気づかないくらいの短い間、佐原は真面目な顔つきになった。



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