レイトショー・3
次にアカギが目を覚ましたとき、既に映画は終わり、女性歌手の歌をバックにエンドロールが流れていた。
どうやら、いつの間にか相当深く眠り込んでしまったらしい。
微かな寒気に身震いし、頬杖をやめてシートにきちんと座り直す。
隣を見ると、カイジは深くシートに背を預けたまま、しっかりと両目を開いて流れる白い文字を見送っていた。
こころなしか、興奮しているように見える。エンディングの高揚を引き摺っているのだろう。ポップコーンがほとんど減っていないことからも、カイジがそれなりにこの映画を愉しんでいたことが見て取れた。
カイジの左手がやがて、思い出したようにポップコーンへと伸ばされる。
ふとした出来心で、アカギはその手を取ってみた。
アカギが眠っているものと思い込んでいたカイジは、ちょっとビクッとして、それからアカギの方を見る。
軽く見開かれた大きな双眸と、数時間ぶりに目が合った。
たったそれだけのことにわずかな充足感を覚えつつ、アカギは掴んだカイジの手を自分の方へ引き寄せた。
慈しむように手を摩り、痛々しく引き攣れた傷跡をやわやわと辿る。
カイジがはっきりと息を飲み、周囲をチラチラと気にしているのがわかった。
そんなに警戒しなくても。この広い空間に、客など片手で足りるほどの人数しかいないことを、カイジだって知っているはずなのにと、アカギは内心苦笑する。
カイジのその反応は、抑止力になるどころか、アカギをますます焚きつけるのだ。本人だけがそれに気がついていないのが、アカギからしてみれば滑稽で憐れだった。
アカギはカイジの手を持ち上げ、その指先に唇を落とす。
それから、ひく、とちいさく震えた人差し指の先端、第一関節より先の部分を、うすい唇の間にそっと差し入れ、咥えてしまった。
指の腹を舐めると、ポップコーンの塩気が残っているのか、ほんのり塩辛い。
そのまま、唾液を絡めるようにして口内で弄ぶ。
敢えてカイジの方を見ないまま、アカギの黒い瞳は、同じように真っ黒なスクリーンだけを映している。
そうして、指先の震えや、身じろぎによって起こる密やかな衣擦れの音から、カイジの反応を探り、愉しんでいるのだ。
一見すると、まるで、子供が無心に飴を舐めるような仕草にも見えるが、その実はまったく違う。
そのねちっこい舌使いには、カイジの官能を呼び起こそうという、はっきりとした意図が込められている。
剥き出しのそれは当然、カイジにも伝わり、動揺を誘う。
淡々とエンドロールの流れるこの部屋の中で、自分の隣の空気だけが明らかに揺らいでいるのを、アカギははっきりと感じ取ることができた。
口に入れるのは人差し指の指先だけ。そこから先へはいかない。
同じ箇所だけをしつこく、なんども舐め、なぞり、しゃぶる。それは愛撫と呼ぶべき行為に等しかった。
爪の生え際のちいさな窪みを舌先で擽ったあと、アカギは横目でカイジを見た。
カイジは、もはやスクリーンなどまるで観てはいなかった。
その視線はアカギだけに注がれ、痛々しげになにかを訴えかけている。
絡む視線に、ゾクリと膚が粟立つのを感じて、アカギは目を細める。
カイジのそれは、牽制の意を含んだ眼差しであることは確かだったが、一方で大きな瞳はしっとりと性感に濡れ、噛み締めた唇から漏れる吐息にもはっきりと熱が籠もっているので、鋭く睨まれてもあまり説得力を感じられない。
薄暗くて見ることはできないが、きっと頬も上気しているのだろうということは想像に難くなかった。
流されまいとしがみつく姿に加虐心を煽られ、アカギはカイジの顔を目端に留めつつ、さらに舌を動かす。
関節のまわりをぐるりとなぞり、軽く歯を立てれば、堪えきれずといった風に切なげな息が漏れる。
いい加減にしろ、とでも言いたげな、怒ったような吊り目に睨まれ、アカギは喉奥で低く笑って、カイジの指をそっと唇から解放した。
さんざ嬲られた指先は、すくない光を反射して、つやつやと艶めかしく光る。
心の底から安堵したようにほっと息をつくカイジの手を、アカギはそのまま、自身の太腿の上に下ろす。
そのまま、指を絡めるようにして握り込み、ふて腐れたような顔でそっぽを向いてしまったカイジのことを、エンドロールが終わって照明が明るさを取り戻すまで、アカギは飽きもせず、ずっと眺めていた。
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