色つきの男 アカ→カイ アカギ視点


 眠っているときに見る夢、というものは、見るものが抱く無意識下の願望を顕しているのだと、聞いたことがある。








 夢を見ることなど、ほとんどなかった。
 偶に見る夢は、古い写真のように醒めた白黒で、自分の見ている夢の中であっても、オレは常に傍観者だった。

 まるでつまらない映画を眺めているような、それが自分の願望だとは到底、思えない。
 オレが望んでいることは、いつだってただひとつ。
 渇望と呼ぶに値するオレの望みを、満たすものが現れない限り、現実と地続きのような褪せた夢を、見続けることになるのだろうと思っていた。






 その男を初めて見たのは、映像の中だった。
 高層ビルの間に渡された鉄骨を渡るという、命がけのギャンブル。
 唯ひとりそれをクリアし、生き延びたその男は、その後の勝負で敗北し、四指を切断したのだという。

 面白い男だろう。
 きっとお前の退屈を紛らわせてくれるぞ、こいつは。

 映像を用意した男はそう言った。
 つくづく余計なことだったが、オレは確かに、映像の中の男に興味を持った。

 映像の向こうからでもわかる、苛烈な眼差し。深い知性と、並外れた度胸。
 徐々にではあるが、裏社会に名を浸透させつつあるその男と、打つ。
 オレは男の申し出を承諾した。






 その夜、夢を見た。
 件の男と、勝負をする夢だった。

 さほど多くないにしろ、賭事の夢は何度か見たことがあったから、別段、驚くべきことではない。

 ただ、その夢には色がついていた。
 目を瞠るほど、鮮やかな色。

 男の黒い髪と瞳。
 卓の深緑。鮮血のような赤牌の紅さ。
 見慣れた牌の色調さえ、目にしみるようだった。

 溺れるほどの色彩の渦の中で、オレは傍観者ではなく、オレ自身の手で、男と打っていた。
 対面に座る男の息づかいまで匂い立つようなその夢の中で、オレは気がつけば笑っていた。
 その夢の中を、確かに生きていた。







 目を覚ますと、カビ臭い藺草のにおいが鼻を突く。
 一夜の宿をとった固い畳の上で、オレは深く息を吐き出した。
 眩むほどの鮮やかさが、瞼の裏から消えない。
 生まれて初めて見た色つきの夢が、まだ尾を引いているようだった。



 眠っているときに見る夢、というものは、見るものが抱く無意識下の願望を顕しているのだという。

 目覚めていてもまるでモノクロのような、オレの世界に色を持ち込むのがその男なのだろうか。
 奴こそが、オレの渇望を叶える者なのか?

 慣性に従って滔々とただ流れ続けていた血が、ふつふつと沸き立ち、逆流していく。
 頬が自然に吊り上がるのを、止められはしなかった。



 




 扉を開けると、そこにあったのは夢と同じ光景。
 滴るような牌の紅。眩しいほどの雀卓の緑。
 その向こうに座る男の、苛烈な黒い瞳が自分を射抜いたとき、震えるほどの歓びに痺れながら、オレは刻みつけるように、その名を呼んだ。




「はじめまして。伊藤、開司さん」








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