むすんでひらいて しげカイ時代を経たアカカイ 甘々
今度の代打ちでは、北海道へ行く。
そう、アカギが告げると、
「寒そうだな……」
と呟いて、カイジは眉を寄せた。
「お前まさか、そんな薄着で行こうってわけじゃねえだろうな……?」
北風の冷たくなってきたこの時期でも、アンダーシャツと薄い長袖一枚というアカギの恰好をまじまじと見るカイジに、
「慣れてるから、大丈夫」
淡々と、アカギは答える。
「大丈夫って、お前な……。そんなこと続けてたら、いつか風邪ひくぞ?」
北海道じゃ初雪が降ったって、ついこないだテレビで言ってたし。
ぶつぶつと始まったカイジのお小言に、アカギは苦笑した。
この、自分より八歳も年上の男は、未だに自分のことを出会ったころのままの、中坊のガキだと思っているらしい。
カイジと出会うずっと前からアカギはこんな調子だったし、本当に心配ないのだとアカギが言うと、その場は「そうかよ」と一旦は引き下がるけど、すぐに我慢ができなくなって、遠慮がちに、ひとりごとみたいに、同じことを繰り返し言うのだ。
初めのうちこそそのお節介に閉口していたけれど、歳を重ねた今はもうずいぶん、慣れてしまった。
「オレの上着、持ってくか?」
しばらく考えた挙句、そんなことを言い出したカイジに、アカギは首を振る。
「いいって……それじゃ、あんたが風邪ひいちまうだろ」
アカギの知る限り、カイジは晩秋のこの季節に羽織るのにちょうどいいような上着を、一着しかもっていないように見えた。
でもなあ、とカイジは呻り、なにかを考えていたが、やがて「そうだ……」と呟いて、腰を上げた。
しばらくの間、部屋の奥でなにやらがさごそひっかき回していたが、「あ……あった!」と声を上げてアカギの方へ戻ってくる。
その手には、黒い皮の手袋が握られていた。
「せめて、これだけでも持ってけよ。お袋が昔送ってきたやつだけど、オレ、手袋ってあんまり使わねえから」
アカギは呆れ、眉を上げる。
「オレだって同じだよ……持ってたって、荷物になるだけだ」
わざと、強めに言ってやると、カイジは一瞬怯んだ顔を見せたが、
「……それでも、ないよりはマシだろ?」
と言って、アカギの手を取った。
緩く握られたアカギの手指を、日に焼けて傷のある手が丁寧に伸ばしていく。
「カイジさん」
「サイズなんて、たぶんそう違わないはずだよな……」
アカギの声など聞こえないふりをしながら、カイジはアカギの手に手袋を無理やりはめさせていく。
昔ならば、迷惑そうな顔で舌打ちなどしてやれば、怯えた顔でしぶしぶながらも引き下がったものだったが、ここ数年、カイジは図太くなってきて、アカギを『あしらう』なんてことも覚えたようで、アカギは苦虫を噛み潰したような顔で閉口して、その様子を見守るしかなかった。
アカギは伏し目がちになったカイジの、短く濃い睫毛を眺める。
部屋に、わずかな沈黙が落ちた。
自分のことにあれこれと口を出されるのが、嫌じゃなくなったのはいつの頃からだろう。
無愛想なのに情の強いこの男は、時にアカギが根負けするほど頑固で、こと他者に関することなら、いったんこうと決めたら引き下がらない意思の強さを見せた。
そんなカイジといるうちに、明らかにアカギも変わっていったのだ。
伊藤開司というその男は、人を殴るために結ばれてきたアカギの拳をいとも簡単に開かせて、なにも持とうとしなかった彼に、両の手のひらから零れ落ちるほどのものを与えた。
ちょうど、今みたいな風にして。
黒い手袋は、アカギの手にぴったりとはまった。
「どうだ? あったかいだろ?」
満足げな顔で自分の手を眺めるカイジに、アカギはやはり、苦笑いする。
「まあね……」
と言ってやると、カイジは嬉しそうな顔になった。
「これ、もうお前のものだから……! ぜったい、持ってけよ」
念を押すカイジの強い眼差しは昔とすこしも変わらず、やはり根負けさせられたアカギはため息をつくと、開いた両手を軽く上に上げた。
「敵わねえな、あんたには……」
「ん?」
「好きだって言ったんだ」
そう言うと、カイジが驚いたように目を見開いたあと、そうかよ、と漏らして照れ臭そうに目を逸らすので、アカギは開かれたその手のひらで、カイジをそっと抱き寄せてみた。
終
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