プレゼント・6



 回転扉を潜り抜けると、外には雪がちらついていた。
 帰宅ラッシュの時間帯は過ぎているため、人通りは落ち着いている。

 カイジは「ゆきだ」と騒いでは、首を反らして白く曇った空を眺めたり、そこから降ってくる白い結晶を口で受け止めようとしたりしている。
 案の定、足早にすれ違う人々とぶつかりそうになるカイジの腕を引いてやりながら、「ちゃんと前見て歩きなよ」としげるが注意すると、雪ごときではしゃいでいる自分が恥ずかしくなったのか、カイジはすこし赤面した。
「しげる……その、ごめんな……」
 カイジはしょんぼりと項垂れる。
「オレ、今日一日、お前に迷惑かけっぱなしで……」
 自分で言って落ち込んだのか、完全にしょぼくれてしまった様子のカイジに、しげるは立ち止まる。
 そして、『ガキのくせに、そんなこと気にしてんじゃねえよ』と言ってやる代わりに、ちいさなその体に腕を回した。
「う、わっ……!」
 そのまま、ひょいと抱き上げて右肩の上に俵担ぎすると、カイジはびっくりしたような声を上げた。
「ばっバカ、しげる、降ろせってっ……!!」
 焦ってじたばたするカイジの体は、今のしげるにとって綿みたいに軽く、抵抗をものともせずに軽々歩き続けていると、カイジはやがて、クスクスと笑い始めた。
 離せ離せと言いながら、愉しそうに笑い声を上げるカイジに、しげるも声を立てずに笑う。
 街行く人々から見れば、さぞ奇妙な光景に映っただろうが、幸いにして今日はクリスマスだから、多少突飛な行動をしたって、仲の良い兄弟が浮かれているくらいにしか認識されないだろう。
 昨日待ち合わせした大きなツリーは、相変わらずきらきらとあたたかい光を放っている。
 明るい笑い声を冬の街に響かせながら、しげるとカイジはゆっくりと家路を歩いていった。








 カイジのアパートに着く頃には、ふたりの肩にも頭にも、うっすらと白い雪が積もってしまっていた。
 玄関先でようやくしげるはカイジを降ろしてやり、頭と肩の雪を軽く払ってやる。
 慣れない体で一日過ごしたせいか、冷たい頬に自らの手をあてているカイジの顔には、疲れが色濃く滲んでいた。
「カイジさん、明日、バイトは?」
 自分の体を払いながらしげるが聞くとカイジは「休み」と答える。

 それなら、このまま着替えて寝てしまおう。風呂には、翌朝ゆっくり入ればいい。
 おそらく、一眠りして起きたときには、元通りの互いの体に戻っているだろう。

 なんの根拠もないけれど、しげるはそう確信していた。








 歯磨きを済ませると、しげるはカイジにいつものスウェットを着させ、自分は抽斗の中からジャージの上下を引き摺り出し、それに着替えた。
 ろくな暖房設備などない部屋の布団は冷たく、ベッドに潜り込んだ瞬間に、カイジはちいさく悲鳴を上げる。
「さっみぃ……」
 カタカタとちいさく震えながらしがみついてくるカイジに、図らずもむくりと欲望が兆してしまうのを感じて、いやいやとしげるは心中で強く首を横に振った。

 相手は年端もいかないような子供だ。自分にそんな趣味はないはずだと言い聞かせるが、いつものカイジとは違う、ミルクみたいな甘い体臭を嗅いでいると、どうしても気分が妙な方向へ行きそうになってしまう。

 なにぶん、しげるも中身は十三歳の少年のままなのだ。
 恋人と同じ布団に入り、あやすようにその頭を撫でてやりながら、必死に若い欲望と闘っていると、腕の中でカイジがもぞもぞと身じろぎしてしげるを見上げた。
 なにか言いたげなその瞳に、「どうしたの?」と問いかけてやれば、カイジはしげるの胸に額を強く押し当て、くぐもった声でぼそぼそと言った。

「その……、今日は、しねえの?」

 しげるは我が耳を疑い、カイジの方を見る。
「あんた……自分がなに言ってんのか、わかってんのか?」
 カイジはそろそろと顔を上げ、目だけで微かに頷く。
 恥じらっているようなその様子を見ただけで、もう理性など軽く消し飛んでしまいそうになり、しげるは唇を噛んだ。
 
 まだ子供だとか、自分にそんな趣味はないとか、そんなの、まるで関係ない。
 相手がカイジだといういうだけで、こんなにも欲しくてたまらないのだ。
 カイジも同じなのだと知れば、余計に欲望が募って、しげるはもう今さら、後戻りできそうにもなかった。

 はっきりと欲情していることを伝える手つきで頬を撫で上げると、カイジが息を飲むのがわかった。
「……本当に、いいの? きっと、ものすごく痛いぜ」
 引き返すなら今のうちだと、最後通牒のつもりで伝えると、カイジは思い切ったように顔を上げ、しげるの唇にちょんと口づけてきた。
「……いいよ。お前なら、いい」
 痛くしてくれ、と呟いて、震える睫毛を伏せるカイジに、留めようもなく劣情を煽られるまま、しげるはその体を掻き抱いた。















 事が終わり、自分の腕枕ですやすやと眠るカイジの安らかな寝顔を、しげるは眺めていた。
「やっぱり、痛かったんじゃねえか……」
 呟いて、涙の粒で濡れ光る目許を、指先でそっとなぞる。

 カイジは甲高い声でひっきりなしに鳴きながら、ちいさな体を壊れそうなほど開いてしげるを受け入れた。
 いつもよりも苦しそうに息を荒げるカイジに、しげるは何度も途中で止めようとしたが、その度にカイジは首を横に振り「大丈夫、大丈夫だから」と涙目で精一杯笑ってみせた。

 結局自分はいつもと変わらず、カイジに無理をさせてしまった。
 しげるは深くため息をつくと、そのまま、どこか諦めたような顔つきで、苦く笑った。

 敵わない。図体だけでかくなったところで、自分は結局ガキのまんまで、カイジに甘やかされてばかりだ。
 だけど、昨日まではそれがもどかしくて仕方がなかったのに、カイジに甘やかされるということが、さほど嫌だとは感じなくなっていた。


 まだあどけないけれど、自分よりも大人だと認めざるをえない、恋人の寝顔。
 ほんのすこしの悔しさを噛み締めながら、しげるはその顔を目に焼き付ける。

 たぶん、次に目を覚ましたときには、子供の彼は姿を消しているのだろう。
 最後にもう一度その頭を一撫でし、額にそっと唇を落としてから、しげるはいつもしてもらっているみたいに、カイジを腕の中に抱き締めて眠りに就いた。





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