プレゼント・3



「二十五日の朝には、枕元にプレゼントが置いてあるんだ。それも、小学校低学年くらいまでだったけどな。三年生くらいになるとさ、だんだんわかってくるんだよ、サンタなんていねえんだって。その正体が親なんだって。不思議だよな、誰にも教えられたわけじゃねえのにさ。なんか魔法が解けるみたいにして、みんな気づいちまうんだよ。今思うとさ、そういうのって、なんか寂しい気がするよな」

 クリスマスの話をしたとき、カイジがそんなことを言っていたのを、しげるはなぜか、夢うつつに思い出していた。
 深いところと浅いところを、絶えず行ったり来たりしているみたいな、なんだか、ふわふわとした眠りだった。










 クリスマスの朝。
 カイジのセットした目覚ましが鳴る数分前に起きたしげるは、うっすらと瞼を上げた直後、目の前の光景に息を飲んだ。

 これは。
 いったいどういうことなのだろうか。

 眠気も吹き飛ぶ思いで、寝息をたてる男を凝視する。
 頬にも指にも耳にも、見慣れた傷がある。間違いなく、カイジだ。
 カイジであることは確かなのだが、問題なのは、その姿が、どこからどう見ても、年端もいかない少年そのものだということだ。



 普通なら、こんな非現実的なことが起こればパニックになって騒いでしまうものなのだろうが、しげるは極めて冷静に、状況把握に努めようとしていた。

 改めて、目の前の少年をじっくりと観察する。
 頬や指、耳の傷はそのままなのだが、長かった黒髪が、ちょうどしげると同じくらいまで短くなっている。
 肩も薄く、しげるの体に回された腕も細い。
 まだまだ未熟な体格から推測すると、たぶん、小学校高学年から中学一年生くらいだろうか。

 矯めつ眇めつ、しげるがカイジらしき少年を観察していると、やがて、けたたましい音が枕元で鳴り始めた。
 少年のカイジは眉を寄せて呻き、もぞもぞと携帯を探す。
 ぶるぶると震えるそれを引き寄せ、アラームを切る動作の手慣れた様子を見るに、どうやら、中身は二十一歳のままらしい。

 時計表示を見ながら大欠伸をし、眠そうに目を擦りながらしげるの方に目をやって、カイジは文字通り跳ね起きた。
「うおっ!? どっどど、どちら様ですかっ……!?」
 ざざっとベッドの隅に避難して、見開いた目に恐怖と警戒を滲ませる。
 カイジの声は、普段のそれより明らかに高かったが、自分の体に起こった異常にすら気がつかないほど驚いているその様子に、しげるは嫌な予感を覚えて体を起こす。
「……どちら様って、」
 そう、口にした瞬間、しげるは我が耳を疑った。

 自分の声じゃないみたいな、低い声。

 思わず喉に手をやると、大きく隆起した喉仏に指先が触れる。
 まさか、と、開いた手のひらに目を落とし、しげるは絶句した。
 昨日までの自分のものより、明らかに大きく厚く、骨張っていて、指も長い。

 まるで他人のもののようなそれを、軽く握ったり開いたりしながら、しげるはふたたびカイジを見る。
 たったそれだけで怯えたように体を竦ませるカイジが、食い入るように見つめているのは、やはり自分の顔だ。
 おおよそ、なにが起こっているのか把握できてしまったしげるは、盛大にため息をつくと、煩わしげに頭を掻き毟る。
 そして、ビクビクと自分の様子を見守るカイジの腕を掴むと、甲高い悲鳴を上げて逃げようとする体を引き摺るようにして、洗面所へと向かった。










 並んで鏡に映ると、さすがのカイジも一発でことの異常さを理解したようで、ぽっかりと口を開けたまま、自分の姿を呆然と眺めていた。

 その隣で、しげるも自身の姿を確認する。
 まず、ものすごく背が伸びた。ちょうど、いつものカイジと同じくらいだろうか。
 体には筋肉がしっかりとつき、硬いのに鞭のようにしなやかだ。
 ガッチリとした肩を、ぐるぐる回してみる。昨日までの未成熟な、細っこい体とはまるで違っていた。
 顔つきも、丸みを帯びていた輪郭がシャープになり、鼻は高く、唇は薄くなった。
 なにより、その目。猛禽類のように鋭く光るそれは、自身にすら威圧感を与えるほどの強い力をもっていて、さっきのカイジがあれほど怯えていたのにも納得がいった。

 かといって、まるで別人に変化したというわけでもない。
 体のすべてのパーツには、しげるの面影がきちんと残っている。白く細い髪もそのままだ。
 全体的に、一回り大きく成長したという感じだろうか。

 しげるは隣で青ざめているカイジを見る。
 いつもなら、遥か上にあるはずのカイジのつむじが、今はしげるの目線の下にある。
 細い肩と細い腰は、いつものしげるよりわずかばかり頼りないくらいだ。

 しげるは軽く息を吸い、状況を整理する。
 つまりは、ふたりの年齢が、そっくりそのまま入れ替わってしまったのだ。
 摩訶不思議な出来事だが、そう受け入れるより他ないだろう。


 ついでに言うなら、こんなことが起こってしまった原因も、しげるには大体予想がついていた。
 昨日の晩、カイジの腕の中で願ったこと。
 カイジと同じ目線で、ものが見てみたい。年齢の壁を取っ払ってみたいというその願望が、おかしな形で叶えられたのだ。
 しげるが成長するのに併せて、なぜかカイジまで縮んでしまい、逆側に大きな壁ができたような形になってしまったが、細かいことはこの際、どうだっていい。
 カイジを斜め上から見下ろすというのは、なかなかどうして悪くなく、しげるはたったそれだけのことでもう、気分が高揚するのを感じていた。

「……サンタクロースってのは、なかなか粋なことをしてくれるんだな」

 なめらかなテノールの呟きに、カイジはひどく混乱した顔のまま「は……?」と呟いたが、ふいになにかを思い出したかのようにあっと声を上げた。
「バイトっ……!!」
 この状況でまず頭を過ぎるのがそれなのかとしげるはツッコミたかったが、順序だった思考がままならないほどに混乱しているのだと解釈した。

 時計を見て慌てふためき、今の自分の姿を思い出してさらにおろおろするカイジに、しげるは声をかける。
「ちょっと、落ち着きなよ」
 すると、カイジはなぜか涙目になって、しげるをキッと睨め上げる。
「逆にお前はなんでそんな落ち着いてられんだよっ……!! こっこっ、こんな状況でっ……!!」
 完全なる八つ当たりだったが、この異常事態を密かに愉しんでいるしげるは、腹も立たない。
「とりあえず、今日は休んだら? そんな格好で、働けるわけないじゃない……」
 極めて冷静なしげるの助言に、「でもっ」とカイジは泣きそうな声を上げる。
「でもっ、今日はオレと佐原しかシフトに入れなくてっ……! オレが休んだら、たぶん店回んねえんだよっ……! ヤバいんだって、そうなったら店長激怒すんのが目に見えてるし、オレ早番のときなんどか遅刻しちまってるから、今度こそ辞めさせられちまうかもしれねえっ……!!」
 いや、最後のは完全にあんたの自業自得だろと思いながら、しげるはため息をつく。
「じゃあ、どうするの?」
 呆れ顔のしげるに、カイジはキュッと唇を引き結び、必死な面持ちでなにかを考える。
「……直接、今日は出られないって言いに行くっ……! こんな馬鹿げたこと、電話で話したって信じてもらえる訳ねぇし……それに、もしかすると、こんなナリでもいいからとりあえずシフト入れって言ってもらえるかもしんねぇからっ……!」
 いくらなんでもそれはないだろう、とカイジの希望的観測にしげるは閉口したが、あまりに真剣な面持ちのカイジを見て、言いたいことをぐっと飲み込んだ。
「……じゃあ、早く着替えなよ」
 言いざま、居間にとって返そうとするしげるに、カイジは慌てて声をかける。
「えっ!? もしかして、お前もついてきてくれるのかっ……!?」
 しげるはチラリと振り返り、
「当たり前でしょ。あんたひとりで行ったって、どうせまともに説明なんてできないのが目に見えてるからね」
 そんな憎まれ口を叩いた。
「あっ……ありがとうっ……!!」
 カイジはぱあっと顔を輝かせる。

 ぱたぱたと自分を追ってくる足音を聞きながら、しげるは緩く口角を持ち上げた。





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