プレゼント・2







 しげるはカイジを抱くのが好きだった。

 きもちがいいから、というのももちろん理由の一つではあるけれど、『唯一、カイジと対等に過ごせる時間だから』というのが、いちばんの理由だった。
 いつも、すこし上から見下ろしてくるカイジの顔が、今は自分の下にある。
 その目が熱っぽく潤んで自分を求めているのを見るとき、しげるは高い高い八年の壁を飛び越えて、カイジと真正面から向き合っているような充足感を得られるのだ。




「あっ……痛ッ、」
 奥深くまで貫いて動いている最中、不意にカイジが顔を顰めたので、しげるは動くのをやめてその顔を見る。
 性急に求めすぎたか。我慢のきかない己に舌打ちしつつ、傷のある頬を労るように撫でる。
「カイジさん、平気……?」
 余裕をもって問いかけたつもりが、出た声はみっともないくらいに上擦っていて、しげるは唇を噛みたくなる。
 自重したいのに、うっすらと汗ばんだ体から匂い立つカイジの体臭が鼻先を掠めただけで、ごくりと喉が鳴ってしまう。

 広い肩をぶるりと震わせ、カイジは大きなため息をひとつ、零す。
「……大丈夫だ」
 頬を撫でるしげるの手に大きな手を重ね、額に汗を光らせながら、カイジはうすく笑ってみせる。

 嘘だ。カイジは無理をしている。
 それくらいしげるにだってわかったけど、そんな風に『大丈夫だ』って笑われてしまうと、もうそれ以上、なにも言えなくなる。

 カイジと同じ目線になれるのが嬉しくて、しげるはいつだって、がっつきすぎてしまう。
 そして、今みたいに失敗する。
 カイジを、痛がらせてしまう。

 さらに悪いことに、それで、カイジがしげるを詰ってくれるのならまだしも、カイジはぜったいにしげるを責めない。
 そして、痛みで歪む顔に無理やり笑顔を貼り付けて『大丈夫』だなんて言うのだ。

 しげるはカイジの『大丈夫だ』を聞くのが、嫌いだった。
 カイジを組み敷くことでようやく忘れることのできていた八年の壁の存在を、これでもかというほど思い知らされるから。


「……しげる?」
 気遣わしげな声で呼ばれて、初めて自分が深くうつむいていたことに気がつく。
 知らず知らずのうちに力いっぱい握りしめていたカイジの手をゆるゆると離してやりながら、しげるはそっと目を伏せ、「なんでもない」と呟いた。














「……改めて聞くけどさ。お前、本当になんか、欲しいもんねえの?」

 ふたり並んだベッドの上。
 タバコに火を点けながらカイジに問われ、しげるはごろりと寝返りを打つ。
 まだそんなこと考えてたのか、とそのしつこさに呆れながら、うつ伏せになって頬杖を突く。
「べつに……いいよ。埋め合わせなら、今してもらったし」
 常夜灯が作り出す茶色の薄暗がりに灯る、赤いタバコの火を眺めながら答えると、今しがたまで行っていた交合を思い出したのか、カイジは一瞬固まったあと、顔を赤くしてもごもごと呟いた。
「……そうはいかねえよ。オレはもう決めたんだからな、お前にクリスマスプレゼント買ってやるんだって」
 鼻息荒くそう宣言し、頑として譲らない姿勢を見せるカイジに、しげるはやれやれと首を横に振る。
 カイジがこうも頑ななのは、やはり自分への同情心からだろうか。だとしたら、そんなのはいらぬお節介だと、しげるは心底カイジに教えてやりたかった。

 本人は善かれと思ってしていることなのだろうが、カイジのそれは、むしろしげるの神経を逆撫でするだけなのだ。
 カイジと対等でありたい。常にそう思っているしげるが、『憐れな子供』として扱われるのを、快く思うはずがない。

「……あるよ。欲しいもの」
 ため息ついでにゆっくりと体を起こしながら、しげるは口を開く。
「えっ!? 本当か?」
 ぱっと顔を輝かせるカイジの瞳をじっと見つめながら、しげるは真顔で囁く。

「……カイジさん」

 それこそが、しげるの今いちばん欲しいものだった。
 妖しく、絡みつくみたいな声音で、けれどできるだけ、真摯に伝えたつもりだった。


 だが、カイジはちょっとの間ぽかんと口を開けたあと、
「……ん? どうした?」
 戸惑ったような顔で、わずかに首を傾げたのだ。
 どうやら、しげるが言葉に含んだ意図がわからず、単純に名前を呼ばれただけだと解釈したらしい。

 思惑が空振り、こんな鈍感な大人相手にものすごく恥ずかしいことを言ってしまった自分にうんざりして、しげるは目線を斜め下に逸らし、ぼそぼそと続ける。
「カイジさん……、の、吸ってるタバコが、一本、欲しい」
 我ながら苦しい逃げ方だと思ったが、単純なカイジは「え〜……?」と言って眉を顰めてくれたので、しげるはややほっとする。

 カイジはしげるをまっすぐに見て、諭すように言った。
「タバコは……ダメだろ。お前、これからまだまだ体も心もおっきくなるんだから。今は我慢しとけ、な?」
 それを言うならあんたからの受動喫煙も半端ないと思うんだけど、というツッコミを胸にしまったまま、しげるは素直にこくりと肯く。
「わかったよ。……その代わり、」
 そう言って、瞼をうっすら伏せてカイジの頬に鼻先をすり寄せると、息が漏れるような笑いのあと、馴染みのあるかさついた唇の感触が、しげるの唇に重なった。

 ごく軽く、舌先を触れ合わせるだけのキスでタバコの苦みを味わうと、しげるは口づけを解いた。
 指に挟んだタバコを灰皿で揉み消しながら、カイジは欠伸をする。
「……寝ようぜ。オレ、明日昼からだし……」
 早くも微睡みつつある声で言って、カイジは布団に潜り込むと、腕を開いてしげるを見た。
「ほら……来いよ、しげる」
 父親みたいな仕草に眉を寄せつつも、今にも寝落ちしそうになっているカイジを見て、しげるは渋々その腕の中に収まる。

 しげるより一回り大きな体で、包み込むようにしげるをぎゅっと抱き締めながら、カイジは満足そうに目を閉じた。
「……なぁ……しげる……」
「……なに?」
「今日は本当に、ごめんな……」
「べつに、もういいってば……」
「でもオレ、本気だから……今度はバイト代……ちゃんと貯めて……お前に……、だから……欲しいもの……考えとけ……」
 そこで力尽きたように、カイジは寝息をたてはじめた。
 すうすうと軽い寝息を聞きながら、しげるはカイジの寝顔を眺める。

(欲しいもの、か)

 もし、願いが叶うのなら。
 たったの一度でいい。
 目の前で眠るこの人と、同じ目線でものが見てみたい。
 常に感じている歳の差という壁を取っ払ってみたら、そこにはいったい、どんな世界が広がっているのだろう?

(なんて、ね)
 
 ふと湧いた考えのバカバカしさに自嘲して、しげるは健やかに上下するカイジの胸に額を押し付け、目を閉じた。

 


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