ねこっかわいがり・3(※18禁)



 最寄りのコンビニの外装も、いつも見る風景とはすこし違っていた。
 壁の色や店の形。なにより奇妙なのは、真っ昼間なのに煌々と看板灯が点いていることだった。


「いらっしゃいませー」
 やる気のない店員の声に迎えられ、店内に入る。
 アカギはすぐにカウンターに向かおうとして、ふと考え直し、酒のつまみの売っているコーナーへ足を運んだ。
 あたりめやナッツなどの中から、まぐろフレークの缶をひとつ取って、レジに向かう。
 番号を言って、店員がタバコを取り出すまでの間、ふとカウンターの隣に目を滑らせ、そこにある小さなテーブルの上に置かれているものに目を止めた。

 ねこのえさ?

 スナック菓子のような大きさの袋だが、満足そうな顔で舌嘗めずりする真っ黒な猫の写真がプリントされている。どうやら、猫用のドライフードらしい。
 アカギの視線に気づいた若い店員が、愛想よく言った。
「これ、見切り品なんですよ。お客さん、猫飼い? よかったら、買ってくれませんかねえ」
 ずいぶん馴れ馴れしい店員だ。しかも、見切り品コーナーに猫の餌?
 妙な店だと思ったが、それも夢の中であるが故だろう。
 アカギはそのパッケージを眺める。
 袋の黒猫の大きな瞳が、じっと見詰めてくる。さっき出会った黒猫と、どことなく似ている気がした。

 これを、今のカイジに出したらどうなるだろうか。
 しっぽと耳の毛を逆立てて怒るだろうか。それともまさか、喜んで食べるのだろうか?

 どちらに転んでも面白そうだと思い、アカギはそれをひとつ、レジに差し出した。











「お前……バカにしてんのか……?」
 猫の餌入れなんて当然、ないので、平たい皿にざらざら乾いた餌を盛って、カイジの目の前に差し出すと、カイジは不快そうな顔でそう言った。
「こんなもん、食えるわけねえだろっ……!」
 と、やはり耳としっぽの毛を逆立てて怒るカイジに、
「これは?」
 と、まぐろの缶詰を出してやる。
 すると、カイジの目が見開かれ、缶詰に釘付けになった。
「まぐろ……」
 カイジはぼうっと呟き、しっぽの揺れが大きくなる。こっちは当たりだったらしいと思いながら、「ちょっと待ってて」と声をかけ、アカギは台所へ向かった。



 まぐろ缶を開け、皿に盛る。
 袋に半分以上残ったままのドライフードをゴミ箱に突っ込もうとして、アカギは手を止めた。
 袋の中にもう一つ、べつの袋が入っているのが目に止まったのだ。
 取り出してみると、それは名刺くらいの大きさの薄っぺらい袋で、表面には、
『猫ちゃんもうっとり! オマケのまたたび入り!』
 という文言と、猫の足跡のイラストがプリントされている。

(またたび……)
 袋を開けてみると、中身は粉末状だった。
 さらさらと手のひらに出してみる。
 鼻を近づけてみる。匂いはない。
 猫の餌は嫌がったが、これはどうなのだろう?
 アカギは好奇心に逆らわず、手のひらのそれをマグロフレークにふりかけると、箸でぐるぐるとかき混ぜた。
 





「……うまい?」
 アカギがきくと、カイジは口をもぐもぐさせながらなんども頷いた。
「うまい。マグロって、どうしてこんなにうまいんだろうなぁ」
 箸を使ってぱくぱくと口に運びながら、カイジはしきりにマグロの、ひいては魚の素晴らしさについて語っている。
 アカギはその様子をじっと見守っていたが、とくに変化はない。
 猫の餌を嫌がったように、またたびも効力なしということか。

 しかし、アカギが買ってきたタバコを取りだし、封を切っている間に、カイジは風船から空気が抜けていくように、みるみるうちにぐでんと机に伏してしまった。
 驚いたアカギがよく見ると、その頬は赤く上気し、目はとろんと潤んでいる。
「な、なんか……」
 呂律も怪しくそう呟くと、カイジは床にごろりと寝転んだ。
 丸くなり、床に体をなんどもなんども擦り付けては、熱っぽいため息を漏らしている。
 耳は完全に伏せられ、黒いしっぽはうねうねと悩ましげにうねっている。
(あらら……これは)
 アカギが立って卓袱台を回り込むと、カイジはうつろな目でアカギを見上げた。
「アカギ……オレ、なんか、おかしい……」
 困惑に揺れる声で訴えながら、カイジはごろりと寝返りをうってアカギの足にまとわりついた。
 額を、すりすりとアカギの脛に擦りつけ、アカギの顔をじっと見上げる。その様子は、さっき出会った黒猫を彷彿させた。
「アカギ……お前なんか、いいにおいがする……」
 うっとりした顔で目を閉じ、アカギのにおいを胸いっぱいに満たそうとするように大きく息を吸って、また、せつなげなため息をつく。
 アカギの中で、欲望がむくりと鎌首をもたげる。
 床に座り、カイジの顎をそっと持ち上げるようにして、喉を擽るように撫でてやる。
「あ……アカギ……っ」
 カイジは自ら顎を持ち上げるようにして、アカギが撫でやすいようにする。
 潤みきった目を細めた拍子に、涙が一滴、カイジの目端からつうっと零れ落ちた。

 カイジは喉を撫でるアカギの手を、震える両手でそっと包みこむ。そして、手のひらに鼻を押し付けて思いきり息を吸いこみ、「ふぅ、う」と喘いだ後、辛抱たまらないといった風に、夢中でアカギの手のひらをぴちゃぴちゃ舐め始めた。
 やけにざらついた舌の感触が、手のひらを滅茶滅茶に這いまわる。
 ああ、そういえば、さっきこの手にまたたび乗せたっけ、とアカギが思い出している間に、カイジはアカギの指の一本一本まで舐めしゃぶっていた。
「んっ、んっ……」

 それを見た瞬間、アカギの中のなにかが、ぷつりと音をたてて切れた。
 カイジの体の上に雪崩れ落ちるようにして、乱暴に唇を重ねる。口の周りを唾液でべたべたに濡らして、舌を吸い上げると、カイジの体がびくびく震える。
 濃厚な口づけに惑溺しながら、カイジは途切れ途切れに訴える。
「んぁ、アカ、ギ、したい……」
 アカギは唇を離し、ふたたびカイジの喉を擽りながら聞く。
「……何を、したいの?」
 耳を伏せ、目を細めながら、カイジはキスの続きをねだるようにアカギの唇になんども吸い付く。
「おまえと……セックス……したい……」
 普段のカイジから考えられないほど直接的で淫らな誘い方に、ぞくり、とアカギの背が粟立つ。

『おにいちゃん、ねこまたさんを助けたから、きっとなにか、いいことあるよ!』

 組長の孫娘が昨日言った言葉が、なぜかそこで思い出された。
 もしかすると、その『いいこと』が、これなのかもしれない。夢だけど。
 でも夢だからこそ、目一杯満喫してやるかと、アカギはカイジの頬を両手で挟んで固定すると、熱い口内に深く舌を潜り込ませた。






[*前へ][次へ#]

47/116ページ

[戻る]