ねこっかわいがり・2(※18禁)




 コンビニへ向かう途中、アカギは真っ黒な猫に出会った。
 歩いていると、「にゃあ」と声が聞こえて、普段のアカギならさして気にも止めず歩き去ってしまうのだが、今日はカイジのこともあったので、なんとなく足を止めた。
 すると、電柱の後ろからひょっこりと、黒猫が姿を現したのだ。

 アカギと目が合うと、まっすぐにアカギに向かって歩いてきて、体当たりするような勢いでアカギの脛に体を擦り付けた。二本の足の間を8の字に潜るようにしては、懐っこい表情でアカギの顔をじっと見上げてくる。

 一見、どこにでもいるような黒猫。だが特徴的なのは、そのしっぽだった。
 黒猫のしっぽは、先の方で、きれいな二股に分かれていたのだ。 



 アカギはその猫に見覚えがあった。昨日まで代打ちの仕事を請け負っていた、組長の家の庭先で見た猫だ。

 昨日の昼、縁側で煙草を吹かしていたアカギの所に、庭で遊んでいたらしい組長の孫娘が走ってきて、「おねがいします、いっしょにきて」とアカギの手を引いた。
 息を切らせた、あまりにも必死そうなその様子に、しぶしぶ吸いかけの煙草を消して彼女について行くと、庭に植わっている樹の上に真っ黒な猫がいて、金色の目でこちらをじっと見下ろしていた。
「おにいちゃん、あのねこさん助けてあげて」
 組長の孫娘はアカギに懇願した。どうやら、猫が樹から降りられなくなってしまったらしい。

「ねこさん」という呼び方から、この家の飼い猫でないということは想像がついたし、当の本猫は太い枝の上で泰然としていて、困ったような様子も見受けられない。
 どうしたものかとアカギは考えたが、年端もいかない少女に「おねがいします」と頭まで下げられてしまっては、いかな悪漢でも、その頼みを無視するわけにはいかなかった。
 周囲に組員など、人の姿も見当たらず、アカギは内心ため息をついた。どうやら、自らの手で黒猫を助けるしかなさそうだ。

 幸い、猫はそう高いところまで上っておらず、アカギひとりでも助けられそうだった。
 幹に足をかけて上り、枝に跨がって腕を伸ばす。
 猫は暴れることもなく、おとなしくアカギに救出された。

 抱き上げるとずしりと重いその猫を抱き上げ、地面に降りると、組長の孫娘は手を叩いて歓声を上げた。
 笑顔を弾けさせて「おにいちゃん、ありがとう!」と礼を言う彼女の伸ばす腕に猫を渡してやると、重そうにしながらもなんとか抱き上げて、出口の方へ歩いていった。

「ねこさん、もうあんなところへのぼっちゃだめだからね!」
 少女がきつく言って聞かせるのを、地面に下ろされた猫はきょとんとした顔で聞いていたが、彼女のお説教が終わるとゆっくり立ち上がり、こちらに背を向けてしっぽを左右に揺らしながら去っていった。

 その時初めて、黒いしっぽが二股に裂けていることにアカギは気がついた。
「あっ! ねこまたさんだ! すごいすごい!!」
 隣で、組長の孫娘がそう叫んだ。
「しってる? ねこまたさんはねぇ、ねこの神さまなんだよ!」
 少女はアカギを見上げて、興奮気味に言う。
 少女の言う「ねこまたさん」とは、所謂『猫又』のことなのだろうとアカギは思った。
 百年だか千年だかは知らないが、とにかく長く生き続けた猫はしっぽが二股に分かれ、『猫又』という妖怪になるのだと聞いたことがある。
 アカギはあの猫が猫又だなどとは当然思わなかったが、少女は屈託のない笑顔をアカギに向けた。
「おにいちゃん、ねこまたさんを助けたから、きっとなにか、いいことあるよ!」
 どうリアクションすればいいのかがわからず、アカギはただ、子供は苦手だ、とだけ思ったのだった。



 今、足許にいるのは、その時の猫だ。そう確信するのと同時に、アカギはもうひとつの確信を得た。

 おそらく、これは夢なのだ、と。

 そう思って注意深く辺りを見渡すと、いつも通る道とは微妙に違っていることに初めて気がつく。
 看板の色だとか、道幅の広さだとか、現実であればまず真っ先に気がつくであろう差異に今まで気付くことができなかったのも、夢の中だから、ということで説明がつく。

 アカギはしゃがみ、猫に手を差しだす。猫はアカギの手にすりすりと額を押し付けてきた。
 顎の下を撫でてやると、ゴロゴロ喉を鳴らしているのがわかる。

 昨日助けた、しっぽが二股に割れた猫。
 そして、突如として猫耳の生えた恋人。
 これは、組長の娘が「ねこまたさん」と呼んだ、この猫が見せている奇妙な夢なのだ。だとすると、あの猫は本物の猫又だったのかもしれない。

 極めて冷静に、アカギはそう判断した。
 世間では所謂『オカルト』と呼ばれるような現象だが、極めて死に近しい場所で生きていて、他人の死を目の当たりにしたり恨まれたりすることも日常茶飯事なアカギは、似たような事象を何度か経験したことがあったため、可笑しいほど落ち着き払っていられるのだった。

 夢だとわかってしまったからには、自分の意思で醒めることも恐らく可能だ。
 だが、アカギは猫が見せるこの奇妙な夢を、ちょっとだけ『面白い』と思ったため、もうすこし続きを見てみることにした。

 金色の目でじっと見つめてくる猫の頭を一撫でして、アカギは立ち上がり、また歩き出した。




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