Mr.WILD CARD



 二枚並んだカードの向こう、切れ長の双眸を睨みながら、カイジは内心唸っていた。

 確率は二分の一。右か左か。カードを引く素振りで相手の反応を窺ってみても、鉄壁のポーカーフェイスはそよとも動かない。当然か。こんなことでこの男の動揺を引き出せるなんて思っちゃいねえけど、でも、なにかしらの手掛かりが……掴めるわけねぇか、コイツに限って。
 そういや今日、パチンコ負けちゃったんだよな。それはいつものことだから良いとして、いや良かないけど、とりあえず置いといて。二台並んで空いてたうちの、左の台を選んだんだよオレは。そしたら飲まれに飲まれてあっという間に一文無し。呆然と上皿を眺めてたら、オレの右隣、さっき選ばなかった方の台に座った親爺が確変の大当たり。派手な演出に禿頭を撫で摩ってニヤついてる横顔を見ながら、不覚にも泣きそうになった。逆さに振っても鼻血も出なくなったオレだが、血涙だけはだくだく溢れるように。
 あのとき右側の台を選んでいれば、こんな勝ち目の薄いギャンブルに身を投じる羽目になんぞならなかったのに。そう右。右だ。こんな悪魔じみたヤツ相手、しかもこんな単純なゲームじゃ、論理もへったくれもねぇ。クソが。コイツの考えてることなんか、ムカつくくらい読み取れねぇし。だがオレは選ぶ。選ぶぞ。胸を張って堂々とーー

 ひとつ深呼吸。そののち、白い手の中からゆっくりとカードを引き抜く。
 表返したカードの柄に刮目し、いきおいカイジはドッと後ろに倒れ込んだ。

「……」
「あらら。大丈夫?」

 涼しい顔で声をかけてくる男の顔を見て、カイジは地団太踏みたい気持ちになる。
 しかし寝転がっているので、ただ足をジタバタさせることしかできなかった。

 とんだババを掴まされた。
 今の状況は勿論のこと、このババ抜きそれ自体が貧乏籤そのものだったのだと、カイジは軽々にアカギの勝負に乗ったことを激しく後悔した。
『勝てば今月の生活費アカギ持ち』という甘言にまんまと釣られて。

 手中におさまったばかりの道化師の悪辣な顔が、澄ましたようなポーカーフェイスと憎たらしいほど重なる。

「お前……っ、ババはババ同士、引き寄せ合っとけよっ……! あっさり手放してんじゃねえっ……!!」
 追い詰められて支離滅裂なことを喚き散らすカイジに、アカギは細い眉をあげる。
「ババ……って、オレのこと?」
 返事の代わりに、怒った犬のような唸り声を聞きながら、アカギはニヤリと笑う。
「それなら、あんたのとこへ行きたがるのも、当然のことだろう」
 唸り声が、ピタリと止んだ。
 カイジが呆気に取られているその隙に、悪辣な男はカイジの掌中からひょいとカードを引き抜き、「上がり」と言って手元のカードとともにその場に捨てたのだった。





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