ドライブ(※18禁)・2




 ポケットから煙草を取り出しながら、石川は助手席の窓を下げた。
 別段、ヤニが恋しかったわけでもないが、隣でハンドルを操る舎弟の顔色が優れないような気がしたので、せめてもの気分転換になればと思い、窓を開けたのだ。
 哀れな弟分のためにカーラジオでも点けてやろうかとも思ったが、後部座席に座る男の機嫌を損ね兼ねないと思い、やめておいた。

 しかし、たとえカーラジオを点けようとも、舎弟の顔色は変わらなかったかもしれない。
「あっ、んッ……、アカ……あっ、あ……っ……!」
 後部座席から響く紛うことなき男の嬌声は、カーラジオなど掻き消してしまいそうなほどの特大ボリュームだったからだ。


 こうなることを予測できていれば、子飼いの部下を運転席に座らせたりしなかったのにと、石川は苦虫を噛み潰したような顔になる。
 バックミラーをチラリと覗けば、長い髪の落ちかかる逞しい背が、規則的な上下運動を繰り返しているのが目に入る。
 十代の頃に極道の門を叩いてから、生き馬の目を抜く裏社会を生き抜き川田組の若頭にまで成り上がった石川は、他人のアブノーマルなセックスなど欠伸が出るほど見飽きていたが、まだ若い部下はそうではない。
 何事もない風を取り繕ってはいるものの、明らかに動揺している様子がひしひしと伝わってくる。

 代打ちの指定場所である料亭に着くまで、まだかなり時間がかかる。
 窓の外に煙を吐き出しながら、どうしたもんか、と内心ため息をつく石川の耳に、囁くような会話が勝手に飛び込んでくる。
「相変わらず、スケベな体……あんた、こういう目に遭わされたくて、わざとオレのこと、三日も無視したんでしょ……」
「あッ、ち、違ぅっ……! んんっ、あれは、お前がぁ……ッ」
 上擦った涙声が、きれぎれに言葉を紡ぐ。

「おまえ、がぁ……っ、オレの、ビール……、のんだからぁっ……!」

 急ブレーキがかかり、車が前につんのめるようにして大きく揺れる。
 挿入の角度が変わったのか、後部座席から悲鳴のような声が上がり、石川は舎弟の横っ面をパァンと殴りつけた。
「……運転に集中しろ」
 すんません、と謝ってアクセルを踏み直す部下は明らかに憔悴していて、石川は大きく舌打ちした。

 ズッコケそうになったのは石川も同じだ。
 敵対する組との代打ちを依頼するため、血眼になって探し出した男の、あからさまに不機嫌な理由が、こんな犬でも唾を吐きかけるような痴話喧嘩だったとは。

 数時間前、路地裏でチンピラ五人をボコボコに殴っていたアカギを偶然見つけることができたのは僥倖だったが、ひどく気が立っている様子のアカギに代打ちを引き受けさせるのは至難の業だった。
 車に乗せ、あの手この手で宥めすかして説得するうち、アカギは条件つきで石川の依頼を承諾したのだ。

 アカギが提示した条件は二つ。
 一つは、アカギの指示どおりに、ある男をこの車に連れてくること。
 そしてもう一つは、後部座席で行われることについて、いっさいの口出しをしないこと。

「んっ、深……ッ、あっ、あぁ、んぅ……っ」
 アカギに代打ちを引き受けさせる為ならばと、二つ返事で条件を飲んだ石川だったが、まさかこんな展開が待ち受けていようとは夢にも思っていなかった。

 不自然な車の揺れが激しさを増すに連れ、部下の顔が土気色に変色していくのを見兼ねた石川は、可愛い弟分をこんな目に遭わせたことに対する苛立ちをぶつけるように、後部座席に向かって声を投げた。

「おい……、車は汚すなよ」
「口、出すなっつったろうが……黙っとけよヤー公」

 すぐさま、常にはないほど荒々しい口調で切り返され、石川はうんざりした顔で口を閉ざしたのだった。







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