ライカ モブ視点 短文



 宇宙とともに旅をする犬のことを覚えている。


 俺が赤木しげるに出逢ったのは、もう三十年近く前のことになる。
 当時、俺はまだ若造で、組の麻雀に数合わせとして入れられたのだ。

 赤木の麻雀には、心底震えた。
 緻密に組み上げられた摸打は、偶然さえも味方につけ、いっさいの澱みなく伸びていく。
 どんなに不利な状況であっても、必ず勝ち筋を見出して、それがたとえ六等星のように消え入りそうな光であろうとも、そこに向かって脇目も振らず突き進んでいき、その掌で星を掴む。

 人智を越えている。容量が見通せない。無限に広がるその計り知れなさは、もはや宇宙的ですらあった。
 あの夜、赤木の白い手が編み上げる牌譜の中に、俺は確かに宇宙を見たのだ。

 だが、赤木は最終局、なにを思ったのか席を立った。
 そして、後ろで自らの闘牌を見守っていた連れの男を、代わりに座らせたのだ。

 黒い髪を長く垂らした、どこか犬に似たその男は、初め酷く緊張しているようだった。
 大金のかかった麻雀だ、無理もない。だがその摸打はあまりにも凡庸で、あの宇宙的な男の相棒だとは、俄かに信じ難かった。

 ことが起こったのは、それから五巡後のことだった。
 急に男が動き出したのだ。続けざまの三鳴き、瞬きの間に進む手。
 男は対面に座る相手をじっと睨み据えていた。その男が自分を侮り、この局で逆転するためにイカサマを仕組んだことを見抜いていたのだ。
 自摸順と共に計画が狂い、ひどく焦った様子で汗を拭き拭き切り出した対面の牌を、男は狙い撃ったのである。
 跳満の直撃。場が響めく中、宙を仰いで勝利を噛みしめるその男を、赤木が静かに笑って見つめていた。
 そのときの赤木の表情を、よく覚えている。


 赤木がその男を連れ回すようになったのはつい最近のことなのだと、後から聞いた。
 皆口々に、あの男には赤木ほどの才気はない、あの程度で赤木と行動を共にしていたら、いつか己が身を滅ぼすことになるだろう、などと、嫉妬からか羨望からか、好き勝手なことを言っていた。

 だが、俺はそうは思わなかった。
 あの夜、天壌無窮を髣髴させる異次元の麻雀を打ち、どんな高い手を上がっても表情を動かすことのなかった赤木しげるが、相棒が勝利を収めた時だけ、心の底から愉しそうに笑っていたのだ。

 宇宙船に乗せられ、初めて地球軌道を周回した犬の名前を、俺は思い出していた。
 この黒い犬もまた、宇宙に手が届いているのかもしれない。
 ただ、この犬ならば宇宙に順応できずに哀れな結末を辿ることなどなく、泳ぐように宇宙とともに旅をして、やがては神話になるのだろう。
 俺にはそう思えてならなかった。


 あれから、二人の話は聞かない。
 犬と宇宙とが、この小さな星のどこかで笑って生きている姿を、俺はときどき想像してみたりする。





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