たてがみ 短文 ちょっとダーク



 床に胡座をかく、ひどく丸まった背中。
 後ろからいざり寄って、しげるは膝立ちのまま、黒い頭を両腕で包み込むように抱きしめる。

「ん……どうした?」
 のんびりした声。パチンコ雑誌に視線を落としたまま、カイジはしげるを振り返ろうとすらしない。

 なにも言わずに顎や頬を撫でると、朝から剃られていない髭が、チクチクとしげるの指を刺した。
 あくび混じりに、「やめろ」とカイジが言う。

 カイジはしげるのこういった行動には慣れっこだから、本気で鬱陶しがって止めようとしているわけではなく、ちょっと窘めただけで、あとはしげるにされるがまま、ただ雑誌に集中している。

 しげるもそれがわかっているから、やりたいようにする。
 唇を触ろうとすると、嫌そうに顔を背けられる。
 頬や耳の傷も、あまり触られるのが好きではないようだ。

 意外に鼻は高く、鼻筋も通っている。そこを上って、辿り着く額は狭い。
 前髪を持ち上げるようにして掌をさらに上へ滑らせ、まるい頭に触れた。

 伸びっぱなしであちこち寝癖で跳ねている髪。手触りはごわごわして、指を通すと所々で引っかかる。
 わしゃわしゃと掻き回し、つむじに鼻先を埋めて息を吸うと、カイジの汗の匂いがした。

 たてがみだ、としげるは思った。碌な手入れもされていない髪の硬さは、どこか獣のたてがみじみている。
 カイジ自身も、ときおり動物じみた鋭さを発揮することがあるので、なおのことしげるにはそう感じられた。

 もっとも、普段しげるといるときのだらけきったカイジには、そんな野性味など皆無なのだけれど。

 自分を信頼しきって、背中を見せて。
 髪を好きなように乱されるのを気に留める風もなく、カイジは気怠げにページを捲り続けている。
 しげるは、ちょっとだけ惜しく思った。


 このたてがみは、恐らくひどい向かい風に揉まれてこそ、際立って美しく映えるのだ。
 向かい風を睨み、風上に向かって吠え、時には素晴らしい機転で追い風へと変化させる。
 そんなカイジの本質と同じように、生ぬるい順風より、冷たく吹き荒ぶ逆風の方が圧倒的に似合ってしまうたてがみなのだ。


「……お前、遊んでんなよ」
 ため息混じりに言われ、鼻先をあたたかい髪の根本へ埋めたまま、しげるは目を閉じる。

 ちょっとは目を覚まさないだろうか。カイジの中に眠る、獣性とでも呼ぶべきもの。
 逆風の中の、たてがみが見てみたいのに。

「ねぇ、起きてよ、カイジさん」
「? 寝てねぇよ……」
 訝しげな声を聞き流し、しげるはカイジの背にのしかかる。

 たとえば。
 この人と本気の博打で対峙すれば、己の手で目覚めさせることができるだろうか。
 荒れ狂う風の中にたったひとりで立つ、勇猛果敢な獣。

 きっと、生半可な勝負では叶わない。
 命を賭けることになったって、しげるは構わないと思うし、それを見たいがためにいつか、自らカイジに仕掛けることもあるかもしれない。

 でもそうなったら、カイジはきっと悲しむだろうなと思いながら、しげるはもう一度、黒く強い髪を撫でた。

「オレ、好きだよ。カイジさんのたてがみ」
「……『たてがみ』?」

 カイジは不審そうな顔で振り返る。
 猫背の背中に全体重をかけ、「重い」というぼやきに紛れさせるようにして、しげるはひとりごとのように、くぐもった声で漏らした。

「だから、泣かないでね。いつか、オレと殺しあうことになっても」





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