乾く暇もなく(※18禁)・1 筆責め



 無造作に積み上げられた教科書や参考書の山。リコーダー、ちいさなキャンバスに筆洗、パレット。
 部屋の隅にごちゃごちゃと打ち捨てられ、薄く埃を被っているそれらが目に入るたび、カイジは奇妙な罪悪感を覚える。
 ことに、真っ白なキャンバスの布が夏の陽の光に曝され、目に沁みるほどくっきりと光っている様子は、この部屋の爛れた空気を咎められているようで、目を逸らさずにはいられないのだった。

「お前、いい加減あれ、なんとかしろよ」
 仰向けに寝返りを打ちながら、カイジが部屋の隅を顎で示して言うと、しげるは濡れた髪を拭く手を止め、
「……適当に、処分しておいて」
 とだけ言って、ベッドに腰掛ける。
 この部屋はゴミ捨て場じゃねえんだぞ、という文句が喉元まで出かかったが、カイジはぐっと飲み込んだ。変なところで生真面目な性分が、それらを『ゴミ』呼ばわりすることに抵抗を感じさせたのだ。


 七月の終わりのある日、白い腕いっぱいに抱えてきた荷物をこの部屋の隅に下ろしてからというもの、しげるがそれらに触るのを、カイジは一度も見たことがない。

 では、夏休み中の中学生が宿題に手もつけず、こんな蒸し暑い部屋に入り浸っていったいなにをしているのかということなのだが、その答えは床に抜け殻のように脱ぎ散らかされた開襟や靴下、黒いスラックスなんかを見れば、誰の目にも明白なのだった。

 たまに外へ出るとき以外は、しげるはこの部屋にいるほとんどの時間を裸で過ごしている。
 そのことについて、家主であるカイジから咎められても、
「服なんて着たって意味ないでしょ。どうせ、すぐ脱いじゃうんだから」
 しげるはしれっとこう言い放ち、取り合おうとすらしないのだ。
 小憎たらしいことこの上ないが、事実その通りなのでカイジはそれ以上なにも言えなくなってしまうのだった。


 しげるは猫のような双眸で、ベッドの上に寝ているカイジの顔を覗き込むようにして見る。
 おざなりに拭われただけの髪からは生ぬるい雫が滴っていて、カイジの頬にぽたぽたと落ちてきた。
 盛大に顔を顰め、髪くらいちゃんと拭け、とカイジは小言を言いかけたが、先に唇を塞がれてそれは単なるため息に変わった。

 ふしだらな生活。こんなことばかりしていていいはずがないと思うものの、巧みに誘われると拒否しようという気も雲散霧消してしまう。
 昼夜を問わず、時間の許す限り求められ、この細っこい体のいったいどこにそんなエネルギーがあるのだろうと圧倒されているうち、カイジの体力が尽き、いいように膚を許してしまう、というのが常だった。
 流されやすいという自覚があるからこそ、部屋の隅に捨て置かれた荷物が目に入るたび、ほんのすこしの自責の念と、焦りのようなものがカイジの心に湧くのである。



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