乾く暇もなく(※18禁)・2


「……お前、宿題やんなくていいの?」
 唇が離れた隙にカイジが言うと、しげるは呆れたように細い眉を上げた。
「あんた、まだそんな野暮なこと言ってんのか。こんな時に宿題がどうのだなんて、無粋にもほどがあるぜ」
 確かに、夏休みの宿題についてカイジが言及するのはこれで何度目になるかわからない。無論、この悪漢になにを言っても、右から左へ聞き流されるだけである。
 それでも、罪悪感があるからこそ、カイジは口酸っぱくならざるを得ないのだ。
「お前こそ、自分の言ってることがおかしいってわかってんのかよ? 宿題ありきの夏休みなんだよ、普通は。中坊だって自覚あんのか、お前」
「自覚」
 口の中で繰り返し、しげるは鼻で笑う。
「中坊である前に、オレはあんたの恋人なんだぜ」
 だから宿題などせずに、毎日性行為に明け暮れているのだとでもいうのだろうか。
 滅茶苦茶な言い分である。しかし、躊躇いなくスパッとそんなことを言ってのけるしげるに、カイジはしどろもどろになってしまい、「いや……おかしいだろっ、それっ……」と返すのが精一杯なのだった。
 年長者の威厳もなにもあったものではない。まっすぐに斬り込まれるのに弱いカイジの性質をしげるはよく理解していて、このごろは、不意打ちのように歯の浮くような台詞を使っては、カイジの反応を愉しんでいるような様子すら伺えるのだ。

 腹立たしいやら情けないやらで、カイジは至近距離にあるしげるの目をまともに見ることすらできない。そんなカイジの様子に目を細め、しげるは「あ、そうだ」と呟いた。
 名案を思いついた、という風な声を上げ、自分から離れていったしげるに、カイジはほっと息をつく。
 しかし、裸足で床を踏んで部屋の隅へと歩いていく後ろ姿を見て、不審げに眉を寄せた。

 ガラクタ置き場のような宿題の山の前に屈み、しげるはしばらくなにかを物色していたが、やがてベッドへと引き返してくる。
 軋んだ音をたててベッドに乗り上げ、しげるはちょっと笑って手に握ったものをカイジに見せた。
「お前、それ……」
 軸が黒く、穂先の白い平筆は、真っ白なまま放置されているキャンバスに絵を描くためのものに違いない。
 寄り沿うように体を寄せられて、嫌な予感が頭を過ぎるものの、一縷の望みを込めてカイジはしげるに言ってみる。
「宿題……」
「しないって」
 即座に否定しつつ、しげるはカイジの鼻先を筆で擽る。
 嫌そうに顔を背け、「やめろっ……!」と非難するカイジに覆い被さり、しげるはクスリと笑った。
「駄目だよ、動いちゃ」
「……ッ、」
 頬の傷を穂先でつうとなぞられ、カイジは思わず息を飲む。
 チクチクと膚を刺す毛束の感触に、とうの昔に塞がっているはずの傷が開いていくような心地がして落ち着かない。
 わずかに身じろぐカイジの反応を注視しつつ、何度か傷を往復してから、しげるは手を止めた。
「なんか……思ってたのと違う……」
 首を傾げながら筆先をまじまじと見て、「ああ、」となにかに気がついたように頷くと、しげるはやにわにカイジの口に筆を突っ込んだ。
「ぅぐっ……!?」
 あまりにも突然で突飛すぎる行動に、カイジは目を白黒させながらも穂先の侵入を許してしまう。
「まだ一回も使ってないから、糊を落とさなきゃ」
 暢気な声でそう呟き、しげるはカイジの口に突っ込んだ筆を動かす。
「んん……っ、ふぁ……」
 舌を弄ばれる不快感に、カイジは頭を振って逃れようとするが、下手に動くと喉奥を突かれそうな恐怖感があって、碌な抵抗もできない。

 硬い筆先は舌の側面や奥歯の裏側を巧みに撫で上げていく。
 飲み込んでも飲み込んでも、カイジの口内にはどんどん新しい唾液が湧いてきて、穂先をしっとりと湿らせていった。
 避けようと腐心する動きすら利用して、しげるはカイジの舌に筆を絡め、嬲り、蹂躙する。
 まるで己の舌を操っているかのように好き勝手動き回られて、カイジはままならぬ息継ぎの合間になんとか抗議する。
「ぁ、は……やぇ、ろ……」
 やめろ、というたった一言ですら、満足に紡ぐことができない。
 口を開いた拍子に、カイジの口端から光る唾液がつうと垂れ落ち、シーツにシミを作った。
 非難がましい目線を受け止め、しげるはようやく手を止める。
 ゆっくりと筆を引き抜くと、ちゅく……と卑猥な音がして、カイジの舌先から透明な唾液の糸が引く。


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