願い事・4






 花火は三十分程度で終わり、その頃には人々の願いの灯りも、黒い空へ溶け込むようにしてその姿を消していた。
 静寂と、星だけが彩る夜空が戻ってきて、カイジは長いため息をつく。
「……さすがは、神さまお気に入りの場所だな」
 ぽつりと呟かれた言葉に、少年はカイジの方を見る。

 カイジは目を閉じ、瞼の裏で今見た光景を反芻する。
 色とりどりの光の花。天へ昇っていく人々の願い。
 それから、この石に座り、ひとりぼっちで景色を眺める少年の背中を想像した。

 きっとこの神さまは、去年も一昨年も、ずっとずっと前から祭りの日はここへやってきて、お気に入りの景色を眺めていたのだろう。
 たったのひとりきりで。

 ひとつ、深呼吸して目を開くと、カイジは少年の顔を見てニヤリと笑った。

「……こんな絶景を、お前は今まで独り占めしてきやがったんだな。
 でも、それも去年までで終わりだ。こんな絶景、知っちまったからには見逃す手はねえよ。
 来年も再来年もその先もずっと、オレはこの場所で花火を見るからな。お前と一緒に」

 少年は耳と尾をぴんと立て、やや驚いたような顔でカイジを見ていたが、やがてゆっくりと尾を一振りし、むすっとした顔で「ふん」と鼻を鳴らした。


 さてと、と呟いてカイジは石から飛び降り、少年に向かって言う。
「今度はオレがお前に教えてやる番だな。行こうぜ」
 少年は耳をぴくりとさせ、怪訝そうな顔で「……どこへ?」と問いかける。
「屋台だよ。だいぶ店じまいしちまってるかもしれねぇけど、まだ残ってるとこもあるだろ」
 腰に手を当てて体をぐっと反らしながら、カイジは少年にニッと笑いかける。

「今度はオレがお前に、ガキの遊びを教えてやる。どうせ、屋台で遊んだことなんてねえんだろ、神さまは。せっかくの祭りなのに、損してるぜ?」

 それは、腹拵えに屋台巡りをしているときから、カイジが考えていたことだった。
 金魚すくいに射的、ヨーヨー釣りにスーパーボールすくい。
 ギャンブルもいいけれど、少年にはちゃんと子供らしい遊びも教えてやりたい。前々からそう考えていたのだが、今夜がその絶好の機会だと思いついたのだ。

「お前の姿は普通の人間には見えにくいらしいけど、まあ、そこはどうにかして、うまく誤魔化せるだろ……たぶん」
 ボソボソとそう言ってから、カイジはまるで悪ガキのような笑顔を少年に向ける。
「だからさ、ほら、早く行こうぜ?」
 少年を促すように、カイジは踵を返して雑木林の方へと駆けていく。

 暫し、少年は丸くなった目でぱちぱちと瞬いていたが、やがて、獣のような身軽さでぴょんと石の上から飛び降りると、カイジの背を追って思い切り駆け出した。







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