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Shot-story
言葉探し












アポもなしに立ち入った特派の建造物内の廊下を進む脚は早い。
技術部の正面玄関に側近やボディーガードを置いて来たため、シュナイゼルの傍には誰もいない。

勝手知ったる自身の部隊だけあって、目的の人物が技術部内の何処にいるのか、その部屋の場所が何処にあるかなんて、聞くまでもなかった。


表情は常のように微笑を湛えているが、アメジスト色の瞳は動揺のせいか震えている。

廊下ですれ違う技術部部員達が、突然現れた第2皇子の存在とその様子に驚愕の眼差しを向けて来るが、残念ながら彼らに優しい笑みと会釈を用意してやる余裕がなかった。





『いつも、そうでしたね。』


夢の中で聞いた、子供らしい声色。
今まで見たどんな表情とも違う、申し訳なさそうな、けれど何処か冷めた目で、彼は言った。


『何でも貴方が決めて…それがいつも正しくて……。』


真っ直ぐな翡翠の眼差しではなくて、それは諦観やある種の疲れを宿していた。


『僕は、子供のように……何もできなかった昔みたいに、貴方に縋って立っていれば良いだけだった。』


傷つけないように言葉を選ぶ彼。
そうまでしておきながら、それでも彼の言葉には迷いも躊躇いも、後悔さえも感じられない。


一度だけ、彼は笑った。


『さようなら、シュナイゼル殿下。』





思い出した時、身の内に巣食っていた黒い霧が体内で広がるように感じた。











目の前に聳える2枚扉を、勢いよく押し開ける。


ノックもなしに開け放たれた扉に、特派の研究員たちが何事かと振り返った。
しかしシュナイゼルの姿を見た瞬間、目を見開き片膝を突いて最高敬礼を執る。

彼らに少しばかりの微笑を浮かべてから忙しなく室内を見回し、目当ての人物がいない事に再び焦燥を覚えた。


「ランスロットのデヴァイサーはいるかい?」

「枢木准尉、でございますか…?」


唐突な詰問に意表を突かれた指揮官は、言葉の意味を数秒かけて咀嚼し理解すると、手近な研究員に同じ質問をする。

彼が小首を傾げながら奥の研究室を指差すと同時に、タイミング良くその扉が滑るように開いた。

異変と騒ぎに気付いたのであろう、現れたのは常にロイドの補佐を務める女性セシルと、彼女に連れられて部屋から出て来たデヴァイサーだった。


朝から公務に追われ、漸く会えた彼に力なく笑みを浮かべる。
硬直した空間の中、近づく為に歩みを進めた。

言付けなしに来訪した機関最高責任者の顔を見るや否や2人が息を呑み、無礼を詫びて慌てて敬礼をするセシルに倣って膝を折ろうとしたスザクの上腕を、掴む。


「シュナイゼル殿下、あの…。」

「失礼、少しの間だけ奥を借りるよ。」


背中の向こうで研究員たちが呆気に取られて言葉を失っている間に、シュナイゼルは出て来たばかりの部屋にスザクを押し込むようにして入れると、性急にその後を追った。














綺麗に並んだ小ぶりのパイプベッドと、部屋の隅に申し訳程度に置かれた小型の冷蔵庫が目に入る。


小さな仮眠室になっていたらしいその部屋の椅子に力無く腰掛けると、やっと生きた心地がした。
ゆっくり深呼吸してみれば、肺を満たすスザクの香り。

此処で、恐らく先程まで仮眠を取っていたのだろうと想像するに難くない。


何も言わないシュナイゼルの代わりに、躊躇いがちに照明のスイッチをつけて明りを灯したスザクの表情は困惑と驚きに色づいていた。


僅かに揺れる翡翠の瞳が夢の中の彼と重なって、堪らず視線を逸らしてしまう。


「………おいで。」

「…イエス、ユアハイネス。」


両腕を広げて誘えば、瞬きを数回繰り返しながらも応えてくれる。

一度了承を告げれば迷いなく歩み寄り、求めた通りに抱擁を交わした。


すとんと、胸の中に落ちてくるような何かがある。

常なら見下ろすばかりの自分を、今はスザクが見下ろし抱き竦めている。


初めての行動にどうして良いのか分からず、けれど言われた通り腕の中で抱き締めさせてくれる、抱き締めてくれる。



「……殿下、あの……。」

「少しだけ、待ってくれないか。
 後で私からロイドに伝えておく、それで構わないだろう?」

「いえ、そうではなくて……。」


予定を狂わされた事への躊躇いではなくて、と言葉無くスザクが物語る。
その声が別の色を湛えているのを感じ取って、彼の胸に押しつけていた顔を上げて表情を探った。


否、探る必要なんてなかった。

見上げたすぐ先には、翡翠の大きな眼差しがあって。
パイロットスーツの手袋を外した手が、躊躇いがちに頬に触れて来たのだから。


普段なら、身分や階級や過去の罪を異常なまでに意識したスザクが、自らの意思でシュナイゼルに触れることなど殆ど無い。

なのに、迷いながらではあるが確かに、スザク自身の意思で。


目を見開いて、そしてその事実に自然と口元が綻んだ。


「スザク……。」

「…殿下……その、何かあったんですか……?」

「……あぁ…少しね。
 おかしな夢を見てしまったんだ…。」


君が、私の元から消えてしまう夢だ



そう言ったら、彼はどうしただろう。


驚いて、まさかそんなと否定してくれるだろうか。
それとも、良い機会だと引き金にしてしまうのだろうか。
弱い男だと呆れてしまうかもしれない、ひょっとすると笑い飛ばされるかもしれない。


自分はこんなに弱い男だっただろうかと、今更ながらシュナイゼルは自分に自嘲の笑みを浮かべた。

その笑みに眉を寄せて、スザクは寂しげな貌をする。


嗚呼いけないと思いながらも、力の抜けたシュナイゼルには弱音を隠すほどの余力は残っていなかった。


すみません、と、唐突にスザクが謝る。


「…こんな時、自分が何をして差し上げれば良いのか分からなくて……。」

「…いや、私の方こそ済まなかった。
 急に押し掛けたりして…予定を狂わせてしまったね、迷惑をかけた。」

「いえ…!!
自分は末端兵士ですから、いくらでも替えは利きます。
 ……お辛い時に、何もして差し上げられなくて申し訳ありません…。」

「気を遣わせたようだね…。」

「いいえ、そうではなくて…!
えぇと、その、何て言えば良いんだろう……。」


シュナイゼルが、自らが不甲斐無くて申し訳なく謝るたびに、スザクが言い淀んで何かを伝えたがる。

その様子に拍子抜けして言葉を区切る間にも、彼は一人でくるくると表情を変えながら言葉を探す。


夢の中で見た、スザクとは違う。
傷つけないようにではなく、分相応さを弁えながら自分を慰めようと、方法を探している。

傷ついた自分を、癒そうとしている。



「ですから、その……僕は、あぁいや、自分は、ユーフェミア皇女殿下の騎士でもありますが、その…!
 直属の上司に当たるシュナイゼル閣下のお役に立つ為にもこうして、あぁ……これじゃない…っ。
 宰相閣下、違う、殿下、自分は、要するに……。」


斜め上に視線を彷徨わせながら、必死に言葉を手繰り寄せるスザク。


階級の差を憚って、恋人同士ならば一言で済むような慰めの言葉でさえ、彼は口にしようとしないでいる。

それに不安を覚えたり、拗ねたりするほど、シュナイゼルは狭量ではなかった。


くすりと笑ったその音を、スザクは聞き逃さない。

シュナイゼルの表情が自嘲ではなく別の意味を含んだ笑みを刻んでいるのを知り、そしてその原因が自らの発言によるものだと悟って、耳まで顔を紅潮させた。


立ち上がり、そんな彼をいつものように抱き寄せる。


先程と打って変わって大きく息を呑み、あからさまに緊張した様子のスザクに、今度こそ朗笑してしまった。


「スザク…傍にあってくれ、私を置いて、行かないでくれ。」

「…はい……必ず。」


笑いに乗せて、決して懇願や縋りを見せないように努めて言葉にしたのに、彼は求めた通り厳かに応えてくれる。



シュナイゼルは、腕の中で瞼を閉じる少年に優しいキスを贈った。


















直向きで痛みを知る、お人よしな

薄倖の子供の夢物語が叶うよう











神が叶えぬ時は







……―その時は―――――――――――――――――………
































◆ ◆ ◆ ◆ ◆



ちょっと肩慣らしに短文を一つ。

階級差や身分とか、過去の事とかでスザクが殿下に踏み込めないのと同じように、殿下も「模範過ぎる」自分を時々嫌いになってしまうと良い。

というあり得ない妄想を突っ込んでみました。



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