Shot-story
無知
シュナイゼルは今日は酷く機嫌が良かった。
傍から見れば彼はいつでも機嫌がいい。
が、それはあくまで‘傍から’見ればの話だ。
今の彼は、本当に機嫌が良かった。
その理由は、単に最愛の少年枢木スザクがすぐ傍にいるということ。
つい先日、異母妹ユーフェミアの騎士候となり少佐へと昇進したその少年は、ようやく皇都への出入りを許された。
いずれはシュナイゼル自身の力でそれを叶えてやりたかったが、この際まぁ良い。
今、最愛の恋人枢木スザクがシュナイゼルの自宮にいる。
シュナイゼルの機嫌が頗る良いのはこれだけの理由。
自慢ではないが、彼は世界の半分以上の国を有する神聖ブリタニア帝国の第二王子兼宰相閣下を勤めている。
ほぼ年中各国を飛び回り、必要とあらば海の上で夜を明かすこともある。
忙しいのだ。
更に、枢木スザクは今世界中の注目の的。
日本最後の首相の息子、義弟クロヴィス殺人容疑者、ナンバーズであるにも関わらずKMF操縦者、そしてユーフェミアの騎士候。
様々な肩書きを持ち、特に最近活発な動きを示している黒の騎士団のせいで、戦闘要員であるスザクが戦場に駆り出される機会が急激に増えた。
こちらも、シュナイゼルほどではないが忙しいのだ。
その忙しい2人が、偶然にも同じ日に3連休を勝ち取った。
もっとも、偶然とは云うもののシュナイゼルに至ってはスザクに予定を合わせて会議をずらし時に速めと色々調整していたのだが。
シュナイゼルの今の機嫌の良さに比べたら、そんな事はどうでもいい。
2人は朝からずっと一緒だった。
悪戯紛いに朝の7時からスザクを自宮に呼びつけ朝食を作らせ、2人で変装して安全な街へと降り、昼食と夕食を外で食べて、今に至る。
現在、先に入浴を済ませたシュナイゼルが無駄に広いリビングのソファでゆったりとシャンパンを飲みながら、恋人が風呂から上がるのを待っていた。
恋人恋人とは言うものの、実際それらしい事はまだ何もしていない。
手を繋いで、時に互いの声を聞く為にコールを掛けて、同じベッドで眠って、滅多に日にちは合わないがデートをする。
本当にそれだけだった。
まるで中学生の男女交友のような清いお付き合いだ。
が、不思議とシュナイゼルは今の関係に満足していた。
これもまた自慢ではないが、自分はあまり恋慕だとか熱愛だとかに興味は無かった。
日毎に溜まる性欲を、ただ都合の良い女で解消するだけ。
男と女の関係、交際関係など所詮そんなもの止まりだと思っていた。
それを、変えてくれたのはあの穢れを知らない子供のような少年。
たくさんの汚れを知っているはずなのに、それを汚れではなく定めとして受け入れる純粋な子。
そしてとてもまっすぐで、いっそ滑稽な程だった。
掲げる理想は遠すぎて、抱く夢は眩しすぎて、馬鹿馬鹿しいと笑い飛ばせそうな世界だった。
けれど。
いつからだろう、そんな世界を、あの子供に渡してやりたいと思ったのは。
いつからだろう、そんな世界で、あの子供が囚われる事無くただ幸せに走り回る姿を見たいと思ったのは。
いつからだろう、あの子供をスザクと呼ぶようになったのは。
そんな、莫迦みたいなことを思っていると、いつしか自分も、スザクを愛するようになっていた。
今まで体を繋げてきた女達とは違う、腹の探りあいをしてきた軍人達とは違う。
略奪者だと罵られてもおかしくない自分を、殿下と呼んで身を呈して守るスザクを。
全力で愛していた。
無垢な彼に、体を繋げることによって齎される快楽を強いるつもりは毛頭無い。
時間はある。
命の危険がある仕事に就いてはいるが、自身の権力を振り翳してでも守り抜いてやる。
失うわけにはいかない。
やっと見つけた執着だから。
「殿下、ありがとうございました。」
「いや、気にしなくて良いよ。
それより、こっちへおいで。」
風呂を終え、未だ濡れたままの癖髪の世話をしようとドレッサーの椅子に座らせる。
何をするのかじっと見つめている彼に微笑んで、櫛とドライヤーを手にした。
「っ!!!!????
けけ、けけっけ、結構です!!あの、自分でやります!!」
「一体何処とニワトリだい?
君といると楽しいよ。良いから任せて。私がしたいんだから。」
慌てて立ち上がったスザクをやんわりと制し、鏡の前に落ち着かせて髪の手入れをしてやる。
癖は強いが柔らかい髪を指先に感じて、妙な満足感が胸中に広がった。
随分と簡単に満足を感じるようになってものだと微笑むが、不思議と嫌な気はしない。
全て、スザクを想うからこその幸せ。
暫くとりとめのない話をしながら手を動かしていると、あっという間に乾燥してしまった。
それを少々残念に思いながら、しかしまだ連休は2日も残っているのだと忍び笑いを噛み殺す。
したい事させてやりたい事は、まだまだたくさんあるのだから。
「さて、寝ようか。
明日はユフィが言っていたクレープとやらを食してみたいしね。」
「?寝る?」
天蓋付きのキングベッドを示し、シュナイゼルはそっと微笑んだ。
同じベッドで眠るのは何も今日が初めてではない。
恋人同士なのだから当然だろう?
と口説き落としたあの日は、スザクは一睡も出来なかったらしいが。
「寝る、という事は今なんですね。」
「ん?」
まるで授業中のように独り言を口にして、スザクが首を縦に振る。
すると、何を思ったのかいきなり白いパジャマのボタンを2つほど外して、歩み寄って来る。
失礼します、と一言断り彼よりもずっと高い位置にあるシュナイゼルの肩に手を置いた。
そして、気づけば上にスザクの真面目腐った顔と天井が。
背中には、ベッドのスプリングが。
どうやら、押し倒されたらしい。
が、何故だろうと若干驚きながら見つめていると、スザクがそのままの真面目な顔で言葉を紡いだ。
「殿下、自分と、いえ、僕とせっくすしましょう。」
頭にタライが落ちたような気がした。
「………スザク、1つ聞いていいかな。」
「はい、殿下。」
糞真面目な顔で頷く彼に、シュナイゼルは微苦笑を浮かべながら問う。
「どうしてそんな事を急に?」
どう出る、まさか誘っているのか、いやあり得ない。
デートという単語の本当の意味すら知らなかったんだ。
せっくすなどという単語を知っているはずが無い。
「はい、実は先程、殿下がご入浴中にロイドさんから電話が。」
「あぁ、うん。ロイドだね。」
やはりあいつかと毒づく最中にも、スザクの説明は続く。
「その時に、同じベッドで眠る中なら必ずしなければならない事があると教えてもらいました。
僕は何も知らなかったから…ロイドさんが、殿下には内緒だよって教えて下さったんです。
何だか、僕がパジャマを着崩して、殿下を押し倒して‘せっくす’というものを誘うのがルールなんですよね。
すみません、何も知らなくて………。」
申し訳なさそうに謝り項垂れるスザクに、シュナイゼルは肩の力を抜いて頭を撫でてやる。
顔を上げられないでいるその少年の為に、幼さの残る顎に指を掛けて此方を向けさせた。
負い目を感じないように、怖がらせないように微笑んで。
「知らなくていい。時間はたっぷりあるんだから。
君は、私を置いて何処かへ行ってしまうのかい?」
ふるふると左右に振られる首に不敵な笑みが浮かぶ。
そう、それでいいんだ。
「だったら、いつまでも一緒だよ。
だから、そんなに焦らなくてもいい。まだ知らなくていい事の1つだよ。」
あぁでも、これぐらいならいいかな。
せっくすしましょうと誘ったその唇に、軽いフレンチキスを贈った。
「ロイド。」
『あはぁ〜い。
その声の様子だと、スザク君との蜜月はお預け?』
「……お前の事を昨日ほど憎いと思ったことはないぞ。」
『嫌ですねぇ殿下。
ボクはただあるべき付き合い方の1つを提案しただけ〜。
実行に移すか移さないかはスザク君次第だとちゃんと言いましたよ〜〜?』
「どうせ、あれぐらいして当たり前だとでも言ったのだろう。
そんな事を言われて、アレが何も感じないと思ったのか。」
『あは!
凄いですねぇ〜流石殿下。何もかもお見通し。
でも、最後まではいかなくても途中までは、あ、ちょ、ごめセシルく、ごめって、ア―――――――!!』
絶叫と共に切れた通話に眉を寄せ、受話器を睨んで下ろした。
ガチャンとレトロなアンティークベルが音を立てる。
隣で眠る彼は未だ穏やかに夢の中を散策中だ。
よほど疲れていたのか、電話を引き寄せようが声を上げようが目覚める気配すら見せなかった。
「……なぁ、スザク。
今度ロイドから頼まれていたKMFの予算案なんだけれどね。」
返事が返って来ないことを承知で、話しかける。
髪を掻き上げてこめかみにキスを1つ落とし、柔らかい頬に指を滑らせて。
「了承しようかどうしようか迷っていたんだけれど……
無視しても構わないよね。」
しかし、舌足らずで言葉の意味もわかっていない彼の穏やかな声のままで
せっくすしましょうと言われた時は。
結構
クるものがあった。
(私もまだ若いということだな)
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