Shot-story
断罪のレクイエム
コツ、コツ、コツと薄暗い地下室へと続く階段に響く靴音。
それに呼応するように揺れるランプの灯火が、シュナイゼルの影を不気味に大きく作っていた。
その地下室は、アリエス宮の地下深くにあった。
本来は緊急時の脱出行路であり、対侵入者用の武器が溢れ返っているだけの空間だった。
それが、ある日を境に地下牢へと様変わりした。
護衛を付けず、またいつも後ろに控えているはずの秘書すら席を外させてシュナイゼルが此処へ来るのは、単に彼の存在確認と罰を施す為だった。
「やぁ、スザク。元気にしていたかい?」
完璧なまでの甘い微笑を浮かべて、シュナイゼルは牢の中で鎖に繋がれている彼を見下ろす。
絢爛豪華な、牢屋とは思えないその一室のベッドの上で、最愛の枢木スザクが怯えた目で此方を見た。
ポケットの中にある鍵をゆっくりと、見せ付けるように出して、扉を開けて中に入る。
自分を見るなり震え始めたスザクをそのままに、近くに置いたマホガニー製の円卓にランプを置く。
正装の上着を無頓着に床へ落として、シュナイゼルはにっこりと彼を振り返った。
「世界は良くなったよ。今日は5カ国協議があってね、その分私は忙しくなってしまったが、退屈しない世の中になってくれた。
君と、ルルーシュのおかげだ。礼を言わなくては。」
手袋を投げ捨て、スザクが横たわる寝台の上に覆い被さる。
シュナイゼルから逃れようと、相変わらずの形だけの抵抗をと手足を繋ぐ鎖と枷を引くが効果はない。
当たり前だ。もう二度とこの手の平から飛んでいかないように、鎖で繋いで自由を奪ったのだから。
そうして、慣らすどころか濡れてもいない秘蕾に己のソレ捻じ込んだ。
声は上がらない。
上げないように、そう自分がしたのだから。
ダモクレスの塔を巡るシュナイゼルとルルーシュの戦いは、シュナイゼル側の勝利という形で決着がついた。
捕らえられたルルーシュと破損したランスロットから引き摺り出されたスザクには、シュナイゼル自らが下した処罰が与えられた。
無論、彼の言葉に逆らえる人間など、もうこの地には存在しない。
表向きには、2人は処刑した事になっている。実際、その死体をマスコミに流しもしたし、火葬する映像を全世界に示すように報道させた。
が、それは彼らに似せて作った人形だ。
本当の彼らは、まだ生きている。シュナイゼルの手によって生かされているといった方が賢明かもしれない。
ルルーシュは、彼に御執心だったカレンに引き渡した。その後どうなったのかなど、シュナイゼルの知る所ではない。
ルルーシュの事など、シュナイゼルにとってどうでも良かった。ただ先の戦いで最も活躍したカレンへの褒美、という事で口裏を合わせたのだ。
シュナイゼルの心は、もう一人の彼、スザクのみに向けられた。
ゼロによる枢木スザク強奪事件の際に初めて目にしたその少年とは、ルルーシュが皇帝になるまでの間、恋仲だった。
穢れを知らないまっすぐで純粋なスザクは、シュナイゼルの空疎な心に様々な感情を塗りつけていった。
愛、希望、楽しみ、喜び、嬉しさ、そして時に悲しみと怒り。
ものに執着することの無かったシュナイゼルに人らしい心を与えたのは彼の少年だったはずだ。
なのに、裏切った。
最悪な形で、最悪な言葉で。
ゼロに、弟のルルーシュの配下に下ったのだ。子供っぽい、安直な考えで。
ナイト・オブ・ゼロという称号に目が眩んで。
許せなかった。
皇帝になると宣言した自分を信じなかったことが。
自分ではなく、ルルーシュを選んだことが。
怒りと憎悪と悲しみがシュナイゼルの心に蔓延った。
2人を捕らえてみせる。そして、二度とあんな馬鹿な理想など抱かせない。
自分の傍から離れるなど、絶対に許さない。
ルルーシュとスザクを捕らえた後、シュナイゼルの心は歓喜に震えた。
ようやく手に入れた、もう誰にも渡しはしない。
未来永劫、私の傍で笑っていればいい。
その為になら記憶を多少弄ることにだって罪悪感は感じなかっただろう。
ルルーシュをカレンに押し付け、2人を引き離したときシュナイゼルは彼の行き先をスザクに告げなかった。
それが、スザクを不幸にした。
『殿下!ルルーシュを何処へ連れて行くのですか!?』
『何処へ?それを君が知ったところで何になる?
君は、黙って私に笑いかけていれば良いのに』
『スザク!俺は死なない!必ずまた明日を取り戻しに来る!!
待ってろ!俺が明日をお前にくれてやるその日まで!!アレはまだ終わっていない!!』
『ルルーシュ!!』
親衛隊に連れて行かれる最中のやりとりは、今でも鮮明に脳裏に焼き付いていた。
連行されるルルーシュを追って、鉄格子から腕を伸ばすスザク。
そして、そのスザクの腕を放すまいと握り締めるルルーシュ。
シュナイゼルの心が、砕ける寸前だった。
『連れて行け』
『殿下!ルルーシュは悪くありません!!自分が!!』
ああそうだ、お前が悪い。
お前が、私の名ではなくルルーシュの名を呼ぶから。
お前が、ルルーシュの事ばかり気に掛けるから。
だから。
シュナイゼルは、口を開けばルルーシュの事を知りたがるスザクに嫉妬の刃を向けた。
そして。
声を奪った。
麻酔を施す事無く自らの手で喉を裂き、声帯を傷つけた。
これでもう、ルルーシュの名を聞くことはない。
これでもう、可愛らしい声を聞けない。
それでも良いと思った。
ルルーシュの名を呼ぶのなら、二度とあの声を聞けなくなっても構わない。
そう、思った。
秘部から自分が出した精液と血を流して気絶したスザクを、シュナイゼルは冷めた目で見下ろした。
「お前が悪いのだよスザク。何もかも、お前が悪いんだ。」
あのままシャルル皇帝を討ち獲って、その首を手に帰還すれば良かったのだ。
そうすれば、自分が皇帝になってこの純粋な少年の望み通り、ナイト・オブ・ワンにしてあげたというのに。
2人だけの美しい楽園としてダモクレスに移り住み、其処から政治を行う。
これ程理想な世界はなかっただろうに。
「裏切ったのは君なんだよ。」
随分伸びて、肩にまで届きそうなくらいの癖髪を荒々しく掴んで口付けをし、小さな舌を蹂躙する。
息苦しさで眉を寄せるその表情に満足して、シュナイゼルはベッドに彼の頭を叩き付けた。
愛なんてない。先に捨てたのはスザクだ。
君が、ルルーシュに手を貸さなければこんな事にはならなかったんだよ。
「もうすぐセシル嬢が来てくれるよ。いつまでも君に優しい彼女に、せいぜい甘えなさい。」
嘲りと嫉妬を隠さないその声で、シュナイゼルは口元を歪めて嗤った。
来た時と同様、ランプを手にして上着を取る。
皇族らしからぬようにそれを肩に引っ掛けて、未だ気絶したままのスザクを振り返る事無く牢屋から出た。
シュナイゼルが執務を終え、自室に帰って眠るまでに必ず行われるこの行為は、既に3年続いていた。
世界は既にシュナイゼルの大きなボードゲームのようだった。
所々反乱はあるものの、それもシュナイゼルの頭脳を以ってすれば鎮圧など造作もないこと。
何故これほどの方が今まで皇帝でなかったのか。
そう嘆く民も少なくない。
全てのエリアに分け隔てなく、けれど本国とは別の扱いを。
シュナイゼルのソレは完璧だった。そしてやがてはKMFも姿を見せなくなり、戦闘と呼べるものは世界中から消えたように見えた。
世界は仮初の平和を手に入れた、たった数年で。
しかし、世界が平和を手にした今でさえも、アリエス宮での拷問のような行為は続いている。
シュナイゼルの怒りと憎悪と嫉妬は、止まらなかった。
変わった所と言えば、長い間日を見ていないせいで象牙のように白くなった肌と、切られなくなったチョコレート色の髪ぐらいだろうか。
そう思えるほど、己の下で息絶え絶えに揺すられている彼は変わらない。
大きく零れ落ちてしまいそうな碧の瞳も、いつまで経っても幼さの抜けないその顔も。
「あぁ、他にもあった。」
独り言を呟くシュナイゼルの声は、スザクには届いていないだろう。
強力な媚薬のせいで今の彼は何もわからなくなっているはずだ。
手術を行った時の傷跡を指で強く抑える。気管を塞がれているのに、彼は無意識に秘蕾を締めるだけ。
変わった所は、運動をしないせいで筋肉が落ちたこと。
その分、痩せてしまったこと。
まぁ、走り回ることのない彼にとってはもうどうでも良い事だろうが。
ぐっと奥まった処に己のものを突き入れると、射精する。
荒い息を吐いて、未だ媚薬の抜け切らないスザクをそのままに服を正す。
「私は今日は疲れたから、これで失礼するよ。ナイト・オブ・ゼロ。」
嫌味を込めて恭しく敬礼し、シュナイゼルはマントを翻して牢から出た。
後ろでは苦しそうな息遣いが聞こえているが、そんな事知らない。
気が狂ったとしても、この憎悪と嫉妬が消えることはない。
狂ったままで愛してやろう。
たとえ、どんな姿になろうとも自分はスザクを忘れることなんてできない。
だから、こんなにも怒りが冷めないのだ。
その感情に火を付けたのはスザク自身。
死ぬまで、否死ねないのかと苦笑する。
皮肉にも彼はギアスを掛けられているのだ。
愛するルルーシュによって。
「私が死ぬまで、相手をしてもらうよ。」
朗らかに、だが何処か恐怖の色を混ぜて笑うシュナイゼルの声が地下室に響いた。
地下室へと続く階段から上がってきたシュナイゼルを、自室の窓からカノンは悲痛な目で見つめていた。
未だあの戦いから開放されていない主は、仮面を外さなくなった。
以前も今と似たような状態だった。誰の前でも、たとえそれがつまらない身分の者の前でもだ。
それが、あの少年をテレビで見てから変わったというのに。
あの少年の前でだけ、怒りも笑いもするようになっていたのに。
「…もう、お忘れ下さい……。」
ロイドは皇都を去った。
セシルは、あの少年の世話をするという名目上でこの宮に住んでいる。
全てとは言わぬものの、多くの人がルルーシュ達を忘れていった。
忘れていないのは、忘れられないのはあの方のみ。
自室に着いたシュナイゼルは、ふとテラスに繋がるガラス窓が開いている事に気付いた。
白いレースのカーテンが夜風に舞っている。
セキュリティ対策は万全だが、おかしなこともあるものだと小首を傾げた。
使用人が閉め忘れたのだろうという答えに至り、つかつかと窓に歩み寄る。
そして、僅かに驚いた。
テラスに、少女が立っていたからだ。
「お前が、シュナイゼル・L・ブリタニアだな。」
聞こえた声は見掛けによらず随分と大人びていて、シュナイゼルの好奇心を微かに擽った。
これが何者かは知らないが、万が一の時はポケットの中に忍ばせてある警報スイッチを鳴らせば良い。
ここのところすっかり平和になってしまった世界のおかげで暇を持て余していたシュナイゼルは、窓ではなく少女にゆっくりと近づいた。
「いかにも。私がシュナイゼルです。
ところで、君は一体此処で何を?」
月明かりに照らされた少女は不思議な衣装を身に纏っていた。如いて言うなら拘束服のような味気ないものだ。
金の瞳と黄緑色の長いまっすぐな髪、彼女自身が醸し出している異常なまでの大人びた空気がただの人間ではないような気を起こさせた。
無表情の少女は、髪を靡かせながらシュナイゼルに歩み寄る。
両手に武器を持っていないことを見とめて、シュナイゼルもそれを許した。
互いにどちらかが腕を伸ばせば届くような距離になった時、少女が口を開いた。
「私はC.C。ある男に、お前に罰を与える事を命じられて此処へ来た。」
「罰?」
乾いた笑いが出る。この子供は何を口走っていることやら。
数秒笑った後、シュナイゼルは自分よりもずっと小さな少女を見下ろして口元を緩める。
この頭のおかしい少女に付き合って、時間を潰すのも悪くないと思い、再び話を続けさせた。
「罰とは酷いね。
これでも私は、君たちが暮らす世界の為に奔走したのだが?」
「君たち?
他は知らんが、そんな所に私も含まれるのは不快だな。まぁいい。」
「罰とは言うけれど、一体私が何をしたというのだ?」
そう、何も悪いことはしていない。
結果的には世界も綺麗になったし、争いや内紛だって減った。
ブリタニアの領土だけではなく他国の内乱を鎮めに行った事だってある。
罰を受けるようなことはしていない。
どう出るだろうと内心冷笑していると、その笑みを返すかのようにC.Cと名乗った少女が口端を吊り上げた。
「知らないまま生きていることだ。
「これは驚いた、私が一体何を知らないと?」
「私が此処に訪れた理由が、ルルーシュという男の命令だと言えばわかるか?」
「……なんだって?」
懐かしい名前だ。
だが、聞きたくもない言葉だ。
あの男のせいで、自分は握らなくてもいい刃を携えたままなのだ。
あの男のせいで、スザクは自分を捨てた。
あの男のせいで、自分は未だ満足に夜を越えられないでいるのだ。
様々な劣情を抱えながら、それでも表面上は変わる事無く少女に問う。
「ルルーシュは、まだ生きているのか?」
「あぁ。罪を償うために、カレンと各エリアを周っている。」
そういえば、ヤツの処分は彼女に任せたのだったなと思い出した。
義弟の動向など知ったことではない。
あんなヤツの事に興味はない。
「おかしいね。ルルーシュとスザクは私が処刑命令を出したはずなんだけど。
テレビを見てはいないのかな?」
認めるわけにはいかない。
肯定すれば、処刑の虚構がばれてしまう。
だが少女は、そんなシュナイゼルの内心を読み透かしたかのように鼻で笑った。
「あんな人形に盛大な火葬をしてやるだなんて、おかしな趣味を持った皇帝だとは思ったがな。」
「、なに……?」
はったりではない瞳の色をしている。
金の目に揺らぎはなく、逆にシュナイゼルの動揺を誘った。
カツンとヒールの音を鳴らして、少女が一歩踏み出す。
「ルルーシュはカレンに押し付け、そしてスザクはお前が毎日犯している。違うか?」
「……何を馬鹿なことを…。」
何故こんな子供が内情を知っている。
誰が口を滑らせたのかと考えたとき、真っ先に思いついたのがセシルだった。
スザクが世界を裏切り私を裏切り牙を向けたときも、彼女はいつだってスザクを擁護してい否、その点ではロイドも同じだ。
毎日屋敷にいる彼女より、皇都を去ったあいつの方が触れ回り易い。
やはり事実を知る者を生かしておくのは不味かったかと舌打ちする。
「お前はルルーシュが牢屋で‘アレ’と叫んだ内容を知っているか?」
何故そんな事までと絶句する。
あの発言を知っているのは、カノンと親衛隊の隊員数名のみのはず。
盗聴器でも掛けていたのか。
そう考えればルルーシュの居場所やスザクへの無貞も知っていて当然だろう。
とんだペテン師だと口元を歪めたとき、少女はやはり知らないのだなと呟いた。
「では、君が教えてくれるのかい?アレとやらを。」
「あぁ。教えてやる。
せいぜい壊れないように自我を保つ事だな。」
遠慮もなく少女はシュナイゼルの手から手袋を引き剥がし、その指先を己の額に当てる。
「己のしてきた報いを受けろ、これはスザクの嘆きだ。」
少女がそう口にしたとき、脳内に光が溢れた。
4
これは、なんだ。
シュナイゼルが呟くが、頭に流れてくるイメージは止まらない。
地球と太陽、惑星の隙間。
式根島で見たような遺跡の数々。
古代人らしい服を纏った、同じ印を彫られた子供達。
動き続ける時計。
割れた窓。
枯れていく花。
重力を無視しているとしか考えられない構造の神殿。
そして、そこに立つルルーシュとスザクとC.C。
『これは………』
ルルーシュはゼロの衣装を、スザクはラウンズの制服を着ている。そして、大振りの剣を手にしていた。
間違いない、シャルル皇帝に謁見を申し立てた時の姿だ。
華奢な体はしゃんと筋肉をつけている。
ルルーシュが仮面を被っていない事から、正体が自分に知られた後なのだろうと検討を付けた。
「ルルーシュはユフィの敵だ…!」
「だから…?」
懐かしい声だ。
懐古するが、その目の前にいるのがルルーシュだという事がシュナイゼルの憎悪を膨らませた。
まるで、憎むように剣を構えるスザクと、振り返るルルーシュが睨みあう。
そのまま何分も経った頃、スザクが剣を静かに下ろした。
構えは崩したが、それでも剣を捨てる事はしない。
そして、目を伏せて首を振った。
「君には、聞きたい事も言いたい事もたくさんあった……。でも…………。」
手にしていたものを鞘に納め、スザクが目蓋を閉じれば溢れる涙が頬を伝う。
「………忘れちゃったよ、ルルーシュ。」
そう言って笑ったスザクの顔は、牢に繋いでからの数年でさえ見ない程の痛々しさで。
シュナイゼルは忘れ掛けていた痛みを思い出した。
「…………あぁ、…俺もだ。」
「ゼロからのスタートか?」
「ゼロじゃないよ、C.C。」
「あぁ、ゼロにはしない。超えるんだ。そして、シュナイゼルを止める。」
なるほどと一人納得する。
このビジョンがどういう仕組みで脳内に流れてくるのかは知らないが、こうして2人は絆を深め直したのか。
この、私をダシにして。
拳を強く握り締めて唇を噛んだ時、ルルーシュがスザクに手を伸ばす。
「その為にはスザク、お前の力が必要だ。
ランスロットを動かすためにはロイドやセシルといった技術部の人間も必要になる。」
『そうか……。』
あの2人も彼らの味方だったのだな。
おかしい点が幾つもあったのだ。
いきなり現れて皇帝とナイト・オブ・ゼロを名乗った子供2人に従ったはずなのに、急に寝返ったり。
利用された立場にあったはずなのに、やたらとルルーシュとスザクを庇ったり。
始めから仕組んでいた事ならば、あれらの行動にも納得がいく。
「俺の計画に、巻き込まれてくれるか?」
「巻き込まれる?僕をそんな受身な人間に仕立て上げないでくれ。
一緒に、越えるんだろ?」
「……あぁ。」
「聞かせろルルーシュ、お前の計画とやらを。」
C.Cの発言に、ルルーシュは一歩踏み出して2人を振り返る。
ゼロとして捉えた時に見た我侭さはなく、立派な大人としての顔がそこにはあった。
「ゼロ・レクイエムだ」
「このギアスの能力を使って、俺が皇帝に、スザクが騎士になる。
そして、世界中に恐怖政治を知らしめる為に超合衆国議会を乗っ取る。」
『……なに、を………』
ルルーシュが夕焼けを見つめながら口走るその言葉に、耳鳴りがした。
恐怖政治を知らしめる?
乗っ取る?
「そして、議会に集った各国の首相や大統領を捕虜にし、議会会長を務める。」
「、待てルルーシュ。話が。」
「さらに。」
スザクの言葉を遮って、掌を夕日へと翳す。
「シュナイゼルが完成させつつある平和の敵、ダモクレスを破壊する為に、ニーナに対フレイヤミサイルを作成してもらう。
シュナイゼルを斃し、黒の騎士団その他ヤツに加担した者全てを処刑にかける準備を行う。
処刑当日、処刑場所までの凱旋パレードの際、スザク、お前の出番だ。」
「、僕?」
大きく頷き、それでも掌を見上げたまま、ルルーシュは再び口を開いた。
「恐怖政治を一人で行っている魔王ルルーシュを、ゼロに扮したお前が殺すんだ。」
「………。」
『…っ、まさか………』
「憎しみの象徴、第99代神聖ブリタニア皇帝ルルーシュを殺し、再臨したゼロが第100代神聖ブリタニア皇帝になる。
どうだ?これで、憎しみの連鎖は終わる。」
沈黙が3人の間に降り立った。
そして、スザクの小さな、自嘲気味の笑みが零れる。
「生きろというギアスを掛けられた僕は、未来永劫死ぬ事無く世界の為に生き続ける。
枢木スザク個人を失い、ゼロとして全てを平和に捧げる。」
「ギアスで人々の人生と命を弄んだ俺は、全ての憎しみを背負って英雄ゼロに殺される。」
「それが、僕たちの罰なんだね。」
「そうだ。」
シュナイゼルは、己の吐息が震えるのを自覚した。
彼らが、スザクが、しようとしていた事はナイト・オブ・ゼロが目的ではなかったのだ。
憎しみや殺意の連鎖を断ち切るために、全て自分たちが背負って。
世界に命を捧げたのだ。
「それで………。あの、…………。」
歯切れの悪いスザクが、顔を伏せながら口をもごもごさせる。
それに気付いたルルーシュが、ゆっくりと彼を振り返った。
その表情は、何処か柔らかくなっている。
「何だ?」
「……こんな事、僕には聞く資格はないかもしれない……。
でも、……。答えて欲しい。ルルーシュは、シュナイゼル殿下を、……どうするつもり?」
『っ!!!!??』
息を呑んだ。
止めろ、止めろ、止めろ。
それ以上、言わないでくれ。
呆れたように息を吐き、苦笑をもらすルルーシュはまるで、何処にでもいる学生のように綺麗に笑った。
「お前はあいつが本当に好きだな。」
「っ、だって…。」
「…シュナイゼルには、ゼロに仕えろというギアスを掛ける予定だ。
あいつの頭脳は優秀だからな、世界平和の為に役立ってもらうさ。
殺しはしない、勿体無いからな。」
「………そうか…。」
いいのか?とC.Cがスザクを見上げる。
その瞳は、母性的な色を湛えて彼を映していた。
先ほどまでと比べても、彼女も優しげな表情をしている。
「ゼロになればお前はヤツには会えないんだぞ?
名を呼ばれることも、手を取って微笑みあうこともない。
長い目でみればシュナイゼルとやらを殺した方がいっそ楽になれるが?」
「これはこれは。魔女C.Cが助言するなんて事は奇跡に近い。珍しいな。」
茶化すルルーシュをきつく睨む少女に対し、スザクは力無く笑って夕焼けを見た。
「C.C、それも僕が受ける罰だ。
命を落とすルルーシュと、同じだけの対価が必要だろ?それに。」
やめろ、やめろ、止めてくれスザク。
それ以上言わないでくれ。
それ以上、優しく笑わないでくれ。
私は。
「それに、僕はあの人が生きていて下さるだけで嬉しいよ。」
『――――――――――――!!!!!』
流れてくるイメージが巻き戻される。
その最中、シュナイゼルはただ叫んで涙していた。
5
はっと我に返れば、目の前に少女が立っていた。
そして、己の視界がぼやけている。
泣いているのだと理解した。
C.Cが額に当てていた腕を詰まらなそうに手放すと、軽く後ろへよろけた。
嘘、なのだろうか。
ただの子供騙しの映像だったのだろうか。
でも、だとしたらどうやってあの映像を。
それに、彼らの動機がもし‘ゼロ・レクイエム’だとしたら。
「お前はもう少しあの少年を理解していると思っていた。」
抑揚の無い声で自分に話しかける彼女が、冷ややかな視線を投げかける。
金色が、シュナイゼルの心を強く締め付けた。
「嫉妬、憎悪、憤怒、激情、執着、未練。
お前は一体、どれだけの独り善がりを奴に押し付ければ気が済むんだ?」
ヒールの音を鳴らして、少女が背を向ける。
左右に揺れる長い髪を見つめていると、C.Cが僅かに振り返って嘲笑う。
「行け。そして懺悔しろ。
今ならまだ、否、あいつは今でもお前を愛している。」
かつて、これほどまでに後悔したことが、あっただろうか。
ふらつく足取りで、シュナイゼルは再び地下室へと向かった。
逸る気持ちと疑心、何に対するものかも分からない希望。
ランプの火が消えかけるのにも構わず、転がるように階段を駆け下りて。
初めて息を切らせて走った。
いつもの道のりが、こんなに長く感じることは無かった。
いつだって、彼に与える仕打ちと憎悪しか持ち合わせていなかった。
そうして、シュナイゼルは本日二度目の、スザクの元へと急いだ。
「、スザク……?」
セシルが来たのか、色んな液体で汚れたはずのシーツは綺麗に白く、スザクに投与していた媚薬の効果もなくなっているようだ。
酷く憔悴した顔で天井を見つめていた彼が、自分に視線を向けて目を見開く。
いつものように、怯えている。
そして、シュナイゼルも。
震えを押し殺して、焦る気持ちを必死に堪えて鍵を開けて中へ入る。
円卓を見ずにランプを置けば、自分の鼓動が五月蝿く聞こえてきた。
嘘なのか、真実なのか。
その答えは、自分が口を開いて確かめねばならぬこと。
声を、彼から言葉を奪ったのだから。
だから、先程のビジョンが真実ならば通じるはずの言葉を口にする。
たった、一言だけを。
「、ゼロ・レクイエム。」
「っ…!!!」
声はない。変わりに、大きく息を呑んで震えが止まった。
あぁ、やっぱり。
間違っていたのは、私だったのだ。
ゆっくり、壊れ物に触るように。
怖がらせないように、溌剌さを失った白い頬に手を添える。何度も何度も頬を撫で、空いた手で拘束具を外していく。
すまなかった。
許してくれなんて言わない。
最後まで信じてやれなかった。
酷い仕打ちをして来た。
愛していながら傷つけてばかりで。
何も知ろうとしなかった。
「、すまなかった…っ。」
長い間動かせなかったスザクの体はすっかり弛緩していて、手を握っても握り返してはくれなかった。
けれど、手を握る代わりに彼は、優しく微笑んだ。
流れてきたあの映像で、生きていてくれるだけで嬉しいと言った時と、同じ笑顔で。
合衆国日本の代表者である扇から贈られた‘ヤツハシ’という和菓子が入った紙袋を携えて、シュナイゼルはアリエス宮のエントランスホールへと戻った。
迎えてくれる使用人に会釈をし、彼女はと問う。
「テラスでセシル様と談話中でございます。」
「そう、ありがとう。」
紙袋をそのままに、緑茶を出すよう指示して言われたテラスへと向かう。
廊下ですれ違う関係者や使用人に挨拶をしながら、見えてきた中庭に口元を緩める。
快晴の今日なら、さぞや心地よい日和だろう。
中庭に通じる扉をボディガードが開け、シュナイゼルは2人がいる円卓へと足を進めた。
「サーヤ。」
声を掛けると、彼女が振り返る。
肩まで伸びたチョコレート色の癖髪を風に靡かせ、顔の上半分を覆う銀仮面から大粒のグリーン・アイを覗かせて。
その向かいに座っていたセシルが一瞬眉を顰めるのも、無理の無い話なので甘んじて受け入れる。
「ただいま。」
微笑んで、車椅子に座る彼女に視線を合わせる為に屈むと片手が円卓に乗せられていたキーボードを叩く。
‘おかえりなさいませ、陛下’
「セシル嬢、何か変わった事は?」
「いえ、何も。陛下、この後のご予定は?」
「今日は何もないよ。退ってくれて構わない。」
「では、失礼します。サーヤ君、また明日ね。」
‘はい、セシルさん’
セシルは、車椅子に座った彼女の頭を撫でてテラスを後にする。
その様子からは、皇帝となったシュナイゼルへの敬意よりも銀仮面の女性への労りが感じられた。
彼女が自分を許す日は、恐らく来ないだろう。
シュナイゼルもそれは当然であると思っているし、自身が許していないのに許されたくも無かった。
セシルとほぼ入れ違いに緑茶を運んできた支給人に礼を言って、サーヤと呼んだ少女に笑いかけた。
「今日は、合衆国日本の扇君が和菓子をくれてね。サーヤの事を知っているからかな?」
‘有名な和菓子ですね、八つ橋と言うんです。キョウトの名物なんですよ。’
まだ手を動かすことに慣れない彼女に代わり、シュナイゼルが和菓子を出す。
緑茶と共に用意された陶器の皿にそれを載せて、目の前に置いた。
‘今日は何も無いって、本当ですか?’
八つ橋に手を掛ける事無く、サーヤがキーボードを打つ。
仮面に覆われていない口元が僅かに下がっているのを見て、穏やかに笑った。
「あぁ、本当だよ。だから、朝まで一緒だ。」
そう言うと、嬉しそうに微笑む彼女を見つめて、そっと抱き締める。
ゼロ・レクイエムの詳細をC.Cという名の少女から教えてもらった事を話すと、スザクは泣きじゃくった。
会話が出来ずに、運ばせた紙とペンを握らせるとたくさんの断罪の言葉が記された。
‘傷つけるつもりじゃなかった’ ‘明日が欲しかっただけだった’
‘これが罰だと思っていたんだ’ ‘ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。’
声を出せずに涙を溢れさせるスザクが痛々しくて、今更、本当に今更ながら後悔した。
一人では歩けなくなってしまったので、軽い体を抱き上げ、地下牢から自室へと戻る。
薄暗い中で数年間も閉じ込められていたスザクを思い、月明かりを憚るように目隠しさせて寝室に入れば、そこにはC.Cと名乗った少女の姿はなかった。
何でもいい、スザクに償いがしたい。
己のベッドに横たえ、シュナイゼルは力の入らない手を強く握った。
「スザク、…私を、好きにしなさい。今は無理でも、気の済むまで殴ればいい。
何なら殺してくれても構わない……。
ゼロ・レクイエムの正体を、ルルーシュと君の名誉を挽回したいのなら全力で力を貸す。
君が、したい事をしてくれないか?」
したい事、と彼の小さな口が動いた。
泣きはらした瞳が彷徨い、やがてスザクの人差し指がゆっくりとした動きで上下に揺れる。
何だろう。そう思ってそれを見つめていると、手招きをしているのだとわかった。
スザクの顔に、招かれるままに顔を寄せる。
頬を張るのだろうと予想を立て、痛みに気構えすることなく穏やかに近づいた。
そして。
自分の唇に、乾燥した唇が押し当てられて驚く。
キス。
見下ろした彼は、満足げに微笑んで頷いた。
‘これでいい’
開かれた、声を紡げない唇がそう言うのを見て、己の不甲斐無さと浅ましさ、汚さと醜さに涙が再び零れた。
翌日、真実を知るカノンとセシルを寝室に呼び出して、スザク達がしようとしていた事、そして、これからの方針を2人に打ち明けた。
スザクの様子を毎日看ていたセシルは、寝室にいる彼を見つけた瞬間に泣き崩れ、今までの無貞を詫びたシュナイゼルの頬を2度張った。
今では、セシルの気持ちが痛いほどよくわかる。
「それから……私は、彼を正妻として迎えたい。」
「っ、な…!!」
「陛下、それは…!!?」
カノンは取り乱したが、それを手で制して天蓋の向こうで眠っているはずのスザクを布越しに見つめる。
「彼に強いた行為は、許される事ではなかった。たとえ、裏切られていたとしても…。
彼から奪った6年は、彼が一生背負う傷となった。
それらに対する償いだけじゃない。
ナイト・オブ・ワンになるという夢を打ち砕いたのは他でもない、この私だ。」
KMFの要らない時代にし、彼の生きる目的を奪った。銃弾を避ける程の運動を行う体を壊し、喉を潰した。
「許されぬ行いだ。今更といわれても仕方が無い事だけれどね。
でも、これは償いや責任だけじゃない。ずっと、スザクとこうしたかった。
彼らがゼロ・レクイエムに手を掛けなければ…私はスザクを騎士にして、ダモクレスで争いの無い生活を送るつもりだった。」
こういうのを、イレヴンでは隠居と云うらしいね。
軽口を叩くとカノンの表情が和らぐ。
「名実ともに、私は彼と日の下を歩きたい。
しかし私が浅薄であったが故に、彼という存在は世界から消え、枢木スザクはこの世の人間ではなくなった。」
乾いた笑いを浮かべる。
「……私は、憎かったんだよ。
ユフィや満ち足りた日々を奪っていったルルーシュを選んだスザクが、選ばれたルルーシュが憎くて仕方が無かった……。
真実が分かった今でも、ふと嫉妬の影が見える時があるよ。」
昨日、隣で気を失うように眠るスザクを見ていても、醜い嫉妬が心を縛った。
情けなくて、不甲斐無くて、どうする事もできない自分が腹立たしい。
「スザクを、正妻として迎える。
背中にまで伸びたあの髪を利用し、彼を彼女に変えてね。
カノン、支度を。世間には孤児院から引き取ったと説明してくれ。
後は万事、私の口先でなんとかするよ。」
わかったら出てくれ。
そう言い残せば、長い付き合いのカノンが敬礼を執って退室する。
が、セシルはまだ室内に残ったままだった。
いつかの、ゼロを足止めしろという命令をスザクに下したのかと問うた時のような表情をしている。
先程の自分の言葉が分からないのではなく、何か聞きたいことが他にあるのだろう。
しばらく見詰め合っていると、セシルが拳を握って口を開いた。
「…陛下は、スザク君を傷つけました。
私は、貴方のした事を一生忘れはしません。」
返答を待つ事無く、それだけ吐き捨てるように言った彼女は一礼をして部屋から出て行った。
閉められたドアの音を聞いて、目を閉じる。
彼女が言うのも仕方が無いことだった。
ルルーシュとスザクに死刑判決を下したとき、法廷で声を荒げて減刑を請うたのは彼女だった。
人形とはいえ、それらに発砲させて火葬した際に泣いたのは彼女だった。
鎖で繋がれたスザクの世話をしたいと、買って出たのは彼女だった。
2人に頼まれたのか約束したのか、ゼロ・レクイエムの事は一切口にしなかったけれど、毎日傍で傷だらけに抱き壊されたスザクの後始末をするセシルの怒りはどれ程のものか。
嫉妬と憎悪と怒りに任せたことのあるシュナイゼルには、それが痛いくらいに分かった。
彼女の怒りは、他人を憎めないスザクのもの。
構いはしない。
窓際に位置するベッドに歩み寄り、そっと天蓋を捲った。
「、スザク……?」
枕に顔を埋めて肩を震わせている。
苦しいのだろうかと思い抱き上げると、昨日と同じく大粒の涙を流す碧色の瞳とかち合った。
何か言いたそうに唇を動かしている姿を見ると、切なくなる。
奪う必要なんてなかった。
もっと彼の言葉に耳を傾けていれば。
「スザク、どうした?」
ペンを握らせると、力の入らないその手で必死に書きとめる。
‘責任や償いを感じないで下さい。
要らないのなら殺して、僕が気付く前に’
馬鹿な子供だと、優しく抱き締める。
要らないはずがない。
要らなければ、いつまでも囚われてなどいない。
責任や償いは、大切なこの子を傷つけてしまった己への罰。
スザクが父を殺めた時に求めたものと同じだ。
「それが君の願いなら、約束するよ。一生来ないけれどね。」
「…さぁ、風が冷たくなってきた。部屋に戻ろう。」
‘Yes、your majesty’
世界は平和と幸福に満ちている。それでも彼女は、私の正妻でもあり、騎士であり続けた。
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