拍手小説 9 ………。 俺は思わず足を止めた。 昨日が雨で、足場が少しぬかるんでいた場所があったのか、裕次郎は、顔面から土に突っ込んでいた。 辺りに響いた音は、右側で裕次郎を殴ろうとした不良の拳が左側にいた奴の顔面に当たった音らしかった。 前方の奴は呆気にとられている。 もちろん俺も。 しかし、不意に俺の中から込み上げてくるものがあった。 「アハハハハハ!!!!」 (マ、マジでウケル!こんなヤツ漫画の中以外にいるとは思わなかった!!) 俺の声を聞いた裕次郎が泥まみれの顔や髪の毛を勢いよく上げる姿が俺の視界に入る。 そして、裕次郎が言葉を紡ぐ。 「…関矢さん」 そう呟いた裕次郎はさっきまでの泣きそうな表情ではなく、混乱と安堵の入り交じった何とも言えないような顔をしていた。 泥まみれだが… その顔を見てさらに笑いが込み上げてきた。 俺の笑い声でようやく俺の存在に気付いたザコどもは俺が大声で爆笑するという珍しい事態に、その場を動かず、暫くこっちを茫然と見ていたが、笑いの治まった俺がそいつらの方を勢いよく睨み付けると、「ヒィィ!!」と言う情けない声を出し、意識のない仲間を置いて、一目散に逃げて行った。 「オイ、大丈夫か?」 俺は未だに座り込んでいる裕次郎の元に歩いていく。 「大丈夫です…」 昨日告った時には吃りながら喋っていた裕次郎だったが、今は、さっきの恐怖感からか、普通に話している。 そんな少しの変化がうれしいだなんて思っている自分がいる。 …俺の中でのコイツの認識が、根暗から面白いヤツに変わった瞬間だった。 俺はフッと息を少しはくと、泥まみれで腰が抜けたように座り込んでいる裕次郎をヒョイッと持ち上げて俵のように肩に担ぐ。 「関矢さん!?」 焦ったような裕次郎の俺の名前を呼ぶ声を聞き流し、俺はそのまま歩き出した。 「重いでしょう!?降ろしてください!」 「ハァ!?お前それマジで言ってンのか!?軽すぎだバカ!」 上でジタバタ暴れる裕次郎に対してついついきつめな口調で怒鳴ってから、裕次郎が暴れるのを止めた。そこで、ハタッと気付いた。 ヤベー、恐がらせちまったか!? 「…確かに60キロは無いですけど、59キロはありますよ」 ボソッっと少し恨めしげに呟かれた声が震えていないことに安堵して俺はさらに続ける。 「59キロだぁ?やっぱ、相当軽いじゃねーか!身長はいくつだ?」 「175センチです!」 俺が身長のことを聞くと体重の時と打って変わって得意げに答えた。 声のトーンの変化が激しい。 しかし、俺はその声の変化より裕次郎が今言った言葉に反応した。 「嘘だろ」 「本当です!猫背だからわかりにくいかもしれませんが!」 こんなくだらないやり取りが結構楽しいなんて俺もやきがまわったか。 なんて思いつつ、裕次郎とのやり取りを続けつつ俺は足を速めた。 「絶対許さない…」 そんな俺達の様子を木の影から覗いていたヤツには気付かずに。 そして、裕次郎に向けられた狂気の宿った視線にも、この時俺は気付けずにいた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |