不思議な来訪者
5
まあ、男に好かれてもキモいだけだしな。
しかしこの男、俺がわざわざ聞いてやってんのに一言も話さないとはどういう了見だ。
自慢じゃないが俺は気が長いほうじゃない。
「…オイ」
イラつきからか、自然と低い声が出た。
ピクッ。
そこまできてその男はやっと動いた。
動揺したように見えたのは俺の気のせいか…。
男がおもむろにポケットの中に手を突っ込むと「カサッ」と紙切れのような音が出た。
そして俺の方に拳を差し出してきた。そうして開いた手のひらには想像通り紙があった。
ただし、拳で握り潰されたせいでぐしゃぐしゃではあるが。
差し出される手と男を交互に見やった。
…これは俺にこの紙を見ろということだろうか…?
今のところ男からは殺気も感じない。
そして俺はさっさとこんな茶番は終わらせて家に帰りたい。
だとしたら俺のとる行動は一つだ。
男の手から紙を受け取る。
その際ほんの少しだけ触ってしまった男の手が一瞬震えたように感じた。
そんなに俺に触れられるのが嫌ならもっと紙の持ち方を考えろよ。
紙をのばして中に書いてあった字を読み上げていく。
「“作戦 ナンバー103。まず、不良に絡まれている場合、颯爽と登場し、”あ。…何すんだよ」
まだ読み終わっていないのに何故か目の前の男にメモを奪い取られた。
中身にはいくつもの不審な点があった。その中でも特に気になったのは、…筆跡がどう見てもあの馬鹿(武)のものだということだ。
…後でぜってー絞める。
叔母ちゃん、武締め殺したらごめんな。
いや、叔母ちゃんの手前一応理由くらいは聞いてやるつもりだがな。
男は奪ったメモをポケットに突っ込むと反対側のポケットからもう一枚の紙を取り出し、再び無言で差し出してきた。
何故必ず紙をぐしゃぐしゃにする必要があるのかは分からないが。
俺はもう一度男から紙を受け取った。その際、男の手に触れないようになんて、…気をつけてなんかやらない。
むしろ嫌がらせのつもりで触ってやった。
今度は大げさなくらい身体を揺らした男を下から見上げてやった。
俺の目付きなら下からただ見ただけでガンをつけてるようにしか見えないということを知った上での行動だった。
その瞬間男はあからさまに首ごと顔を背けた。
どんだけ嫌われてんだか。
そんなくだらないことを少し考えてから俺はまた紙を開き、読み始めた。
「“泊めて下さい”……………………は?」
俺はたった一言書いてあった文字に目が点になった。
泊めて下さい。って、何だソレ。
予想外にも程があるだろオイ。
こっちの筆跡は見たことがないので多分、コイツの字だろう。
大方、慰謝料の請求書か果たし状の類だと思っていただけに余計に驚いた。
この男、まさかこの言葉を俺に伝えるために今ここにいるのか?
喧嘩の途中で乱入してくるくらいだからな。
よほど急ぎだったのか。
…。もしかすると倒れていた一日目も二日目もこのことを伝えるためにコイツは俺のところにいたのか?
「お前、実は馬鹿だろ」
俺はこの言葉を発した後、とてつもなく笑いがこみ上げてきた。
俺の言葉にショックを受けたような男の反応がもの凄くツボに入ってしまったんだ。
うつむいていて、あるはずのないしっぽが垂れてるように視える。
あー、コイツ犬みてー。カワイイなー
190センチもあって体格もイイ人間と暮らすなんて死んでも嫌だが、大型犬というなら話は別だ。
俺は一般的に“なんか悪いこと企んでそう”と言われる笑みをこの長身銀髪不良に向けてこう言った。
「なあ、お前俺の犬になれよ?」
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