不思議な来訪者
10
今のセリフは本当にこのデカイ男から聞こえたものなのか?
思わず気の抜けた声が出そうになるくらいには驚いたぞ。
察してくれ、こんなシベリアンハスキーのようなキリっとしたクールな顔の美形から今の甘えた発言が出た時の衝撃を。
女であれば『そのギャップが可愛いー!』とか騒ぐかもしれんが、あいにく俺にはギャップで悶える女の心情は理解不能だ。
聞き間違いだ。
聞き間違い。
そう自分に言い聞かせてみるも次の瞬間に粉々に砕かれた。
「蛮。寂、しい。か、まって?」
ギュッ。
背中から俺を抱き込む腕が俺より筋肉質に感じるのは気のせいか…。
首に回った腕や、背中に感じる他人の体温があまり気持ちの良いものではない。
女でもベタベタとやたら触ってくる奴は駄目なのだから、男なんて論外。
「離しやがッ…」
振り払うべく左腕を回して身体を半分離したところで壮士の顔のアップが目に入った。俺は思わず抵抗を止めてしまった。
(顔が…雰囲気が【シバ】に似ている…?)
振り払うことなど出来ようか…いや、できない。
考えたくないのに考えてしまったのだ…。
もう俺の目に映っているのは不良で美形の男ではなく、シベリアンハスキーの美犬だ。
至近距離から見上げてくる澄んだ瞳。キリッとした眉毛。
振られている尻尾。
「くッ!!」
それらを直視してしまった瞬間、衝動的に壮士をガバッと抱きしめた。
クソが!!何で俺は他人の、しかも男に抱きついてんだよ!
自分自身に悪態をつきつつも何故か離しがたく感じていることも事実。
俺にぐりぐりと頭を擦り付けてくる壮士が…正直、可愛い。
あ゛ー、俺もとうとう焼きがまわったか…。
一つ溜め息をつき、俺は腹を括った。
「お前可愛いな」
壮士の頭に手を乗せて撫まわす。
俺の言葉を聞いて壮士は顔を上げた。多少目を見張っている理由は俺自身自覚済みだ。
滲み出たいつもとは違う柔らかい声音に反応したのだろう。
…いや、自分でも柄じゃねーことはわかっている。
だが、これには事情がある。好きでこうなったわけじゃねー…。
…実は、俺は無類の犬好きだ。
だが、何故か小さな頃から犬に好かれたことがなかった。
野良犬しかり、飼い犬しかり…。
触ろうと接近すると吠えられ、それが駄目ならせめて間近で見ようと近付くと吠えられる…。
目があった瞬間、一目散に逃げていく野良犬もいた。
要するに、俺は無類の犬好きも関わらず、犬に嫌われる体質なわけだ。
だが、その中で唯一、俺に懐いてきた犬がいた。
それが寒い地方に住んでいた俺の祖父の飼い犬の【シバ】という名前のシベリアンハスキーだった。
もとはチワワやマルチーズなどの愛くるしい小型犬が大好きだったが、シバと出会って俺は変わった。
バランスのとれた体躯に滑らかに伸びた美しい毛並み。狼を彷彿とさせる精悍な顔貌。
一目で俺は心を鷲掴みにされた。
どんな美女と一晩過ごすより、シバと一緒にいたいと思っていたのだから周りからは重症だと嘆かれたが、俺の知ったことではない。
女なんか犬の前では意味をなさない。男はゴミ同然だ。
シバだけが俺に寄ってきた犬だった。大好きで、俺の全てだった。
だが、シバは俺の両親が外国へ連れて行ってしまった…。
あの糞野郎どもがな!!
…まぁ、このくらいにしておこう。じゃねーと我を忘れそうだ。
要するに俺はいま禁欲ならぬ、禁犬生活を送っているため、正直犬に餓えていたというわけだ。
相変わらず、シバ以外の犬に嫌われている俺の元にシバに似た顔の壮士がきたのは俺の仁徳に違いない。
俺とじっと目を合わせた後またすり寄ってくる壮士。
よく見ると多少耳元が赤い壮士が可愛い過ぎて俺は壮士を強く抱き締めた。
(あー、ほんと可愛いぜ畜生)
馬鹿(武)もたまには役に立つじゃねーかよ。
この際、人間の男でもシベリアンハスキーに似ているから良しとするか。
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