ガラスの上の楼閣
「デイダラくん……」
間抜けな声が響いた。
声の方へ目を向ければ、懐かしい顔が下手くそに笑う。
「名前ーーーっ!!」
「ギャーーーー!!」
デイダラのすぐ傍を駆け抜けた飛段が、思い切り名前に抱きついた。油断していたのか、以前なら避けられていた初撃を避け損ね、名前は飛段の懐へスッポリ入り込むことになる。
「久しぶりだなあ!ゲハハハハァ!」
「ちょっ苦し角都さん助けてえ!」
相変わらずの間抜けな声に、デイダラは呆れながら眉間をおさえた。角都は索敵に集中していて手が離せないらしく、仕方ないので飛段の首根っこを掴み力任せに引き剥がす。
飛段はなんだよー感動の再会だろーと文句を垂れるが、そんなことはデイダラの知ったことではない。ぶーぶーうるさいのを肘で端っこに押しやって、ようやく真正面から名前と目を合わせた。
「何やってんだお前……うん」
「いやあ、へへへ」
ニヤッと笑う名前に、デイダラの口角もつられて持ち上がった。
もっと他に、言うべき事がたくさんあったような気がする。頭でも小突いてやろうかとも思ったが、名前のへらへら笑いを見ていると、それもどうでも良くなってしまった。
「久しぶりデスね、デイダラ君と、飛段くんと、あっ角都さーん!お久しぶりでーす!」
名前は、デイダラの肩越しにぱたぱたと手を振ってみせる。角都もそれに応えて、小さく右手を上げた。
「飛段、デイダラ。長話している暇はない。さっさと本命を探せ」
「あれ〜?名前ちゃんが本命じゃないんです?」
「んなわけねーだろ。お前はオマケだオマケ、うん」
オマケか〜と肩を落とす名前。毛ほども落ち込んでいないくせに、相変わらずリアクションがオーバーだ。
「で、本命って何なんデスか?大蛇丸さん?」
「大蛇丸も、まあそうっちゃそうだな、うん。それより指輪だ。大蛇丸が持ち逃げした」
「そのせいで、尾獣を封印するのにメンバーが足りねえってリーダーがボヤいてたんだよな。アレがありゃもう1人メンバーを足せるんだと」
飛段が会話に口を挟んでくる。
「で、名前何か知らねえ?」
「何かって……指輪は多分大蛇丸さんの部屋だと思うんですけど、大蛇丸さんは……」
名前はキョロキョロと左右を見渡して、「どこにいるか分かりません」と肩をすくめた。
「ていうか、こんだけ派手にやってたらすぐ駆けつけると思ってたんデスけど。来る気配ないですね。カブト君なんて真っ先に飛び出してったくせに、どこ行ったんだか……」
「まあ良い、いずれ鉢合わせる。おい、行くぞ」
一行は、角都を先頭に暗い廊下を行く。今度は「派手に動くな」というのが、角都の指示だった。追っ手を見付けたら音もなく殺す。分かれ道ではフェイクの痕跡を残す。
幸い名前が常日頃からアジト内をウロチョロしていたため、目的地ーー大蛇丸の居室を見失うことはなかった。
何度目かの曲がり角を過ぎたとき、名前は足を止めて角都の袖を引いた。
「おかしいです、絶対」
何がだ?とは問わない。角都だけでなく、デイダラも飛段も勘付いていた。
「静か過ぎる、か」
「静か過ぎるどころじゃないです!さっきから追っ手も殆ど来てませんし、ありえません!大蛇丸さんってめっちゃくちゃ用心深いというか、手が込んでるというか、とにかくそうそう出し抜けるような人じゃないんデスよ!」
絶対なんかありますって!と名前は進むのを嫌がるが、角都は袖を引っ張る手を振り払った。
「罠か、或いは……向こうが見付かったか、だ」
「向こう?」
「俺たちは陽動に過ぎないということだ。まあ、用心するに越したことはないが……後退するという選択肢は無い。行くぞ、名前」
「うええ……まあ、天下の暁が3人も居るわけですし、何とかなりますかね……?」
「お前が足を引っ張らなけりゃな、うん」
「なにおう!言っときますが、ただのほほんと捕まってた訳じゃないんデスからね!医療忍術とか」
名前の言葉は、そこで途絶えた。首根っこを、飛段の手が掴まえていた。
「名前、しっかり受け身取れよ!」
「へ?あっ、ちょっおわぁ!」
雑にぶん投げられた名前は、壁に激突する前に何とか身体を捻って受け身の姿勢を取る。着地する直前、斜めにブレる視界の中、ついさっきまで名前が立っていた場所に蛇の群れが襲いかかるのが見えた。
「来やがったなァ!」
飛段の三連鎌が、蛇の大群をまとめて両断する。胴体を切断された蛇たちは絶命することなく、更にサイズの小さな蛇に分裂した。
ならば蛇には蛇をと、デイダラが放った粘土の大蛇が無数の蛇たちを吹き飛ばすが、どこからわいてくるのか、一向に数を減らす気配がない。
術者本人を叩くのが手っ取り早いのだろうが、それすらどこにも見当たらなかった。
「ちょっと退いててください、デイダラ君!」
ぱっと前線に躍り出た名前が、息を思い切り吸って頬を膨らませた。
貯めた呼気を一気に吐き出すと、唇の先から躍り出た鮮やかな炎が、大量の蛇ごと狭い廊下を嘗め尽くしていく。
ちりちりと焼け焦げた煤が、熱風に煽られて宙を舞った。
「おっ、やるなあ名前!」
飛段が名前の肩をバシバシと叩くと、名前は勢いで前につんのめりながらもニヤリと不敵に笑う。
「だからさっき言ったでしょう?ただのほほんと捕まってた訳じゃないんデスよ」
「それは分かったが、油断するな」
角都が、黒焦げた廊下の向こうを睨んだ。ざわざわと影が蠢いたかと思うと、再び無数の蛇が床を壁を這い寄ってくる。その数は、先ほどの群れよりも多いのではと思えるほどだった。
うわ。と名前が小さく呟く。
そのとき恐らく、名前と飛段とデイダラ、3人が同時に同じことを考えた。そして角都すらも、それに思い当たってしまった。
「なあ角都ゥ。もう"隠密"はいいよな?」
「…………お前たちにそれを求めた俺とリーダーが馬鹿だったな……好きにしろ」
「「「よっしゃ!壊した方が早い!!」」」
デイダラが、いつもの鳥型の粘土を投げた一瞬後、轟音が響いた。
岩と土で出来たアジトの天井は脆くも崩れ、砂煙を巻き上げながら崩落する。
名前は、なんだかつい最近も瓦礫が降ってきたことあったよなあなんて考えながら、ばらばらと落ちてくる岩を避ける。
ボゴン、という鈍い音と共にひときわ大きく天井が崩れ、それをひょいと飛び越えたとき、名前の頬を冷たい風が撫でた。
「…………外だ」
日はすっかり落ち、夜の帳が辺りを包んでいる。
久しぶりに見る、丸く切り取られていない空に、大きな月がぽっかりと浮かんでいた。
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