キミの誕生日はキャベツ記念日
こんな陰気臭いアジトにも、一応モノを食べてエネルギーを摂取する人間が生活している以上、厨房という設備は存在する。
温かいブイヨンの匂い。トントンと響く包丁の音。
私が料理をする、と言うと香燐ちゃんは心配そうな顔をしていたけど、割と慣れている大蛇丸さんは「じゃあ任せるわ」と厨房を開放してくれた。
取り敢えずサブメニューは出来上がった。あとは本日のメインの食材を切り終われば完了だ。
私と大蛇丸さんにカブト君。サスケ君は修行が忙しいそうだし、香燐ちゃんは招待はしたが、「メンツがヤバすぎる」とのことで来てくれなかった。
つまり3人分。多めに見積もって4人分。これくらいあれば大丈夫だろうか。
「名前、出来たか?」
様子を見に来たのは香燐ちゃん。
「もう殆ど完成デスよ」
「殆ど完成って……具材切ってるだけじゃねーか」
「はい。ですので」
お好み焼きです。と言えば、香燐ちゃんの眉間にシワが寄る。
「もちろん他にもありますよ?ロールキャベツに、キャベツの炒め物に、キャベツと鶏肉のトマトソース煮込み」
「キャベツ尽くしだな」
「ふふふふ」
そりゃ勿論そういう事だ。
以前、イタチ兄さんに訊いたことがある。好きな食べ物は何だと。団子以外で。
「だ……」と言いかけていたイタチ兄さんは、団子という選択肢を消されたのち、少し考えて「昆布のおにぎりとキャベツだな」と答えた。
名前ちゃんは思う。
好きな食べ物は何かと訊かれて、素材を答える奴があるかと。じゃああなたは、生のキャベツを玉のまま出されてもモリモリたべるのかと。あ、駄目だ食べそうだ。あの人真顔で食べそうだ。イタチ兄さんそういうとこ雑だもん。
……それはともかく。
イタチ兄さんはキャベツが好き。今日はイタチ兄さんの誕生日。じゃあもうキャベツを食べるしかないんじゃないか。キャベツ食倒れ大作戦をやるしかないんじゃないか。
「あら、美味しそうに出来上がってるわね」
様子を見た後そそくさと退散した香燐ちゃんと入れ替わりに、カブト君を引き連れて、大蛇丸さんが顔を出す。
「お好み焼きデスよお好み焼き!」
生地をガッシャガッシャと混ぜながら、大蛇丸さんたちを席につかせる。お好み焼き用のプレートは、元々このアジトにそんなもの無かったのだけれど、前にホットケーキが食べたいと言ったら音の里から取り寄せてくれたやつがあるのでそれを使う。つくづく、大蛇丸さんは私に甘い。或いは大蛇丸さん自身も楽しんでいるのか。
大蛇丸さんとカブト君が席につき、プレートが温まったのを見計らってタネを流す。
ジュワッと美味しそうな音。タネがプクプクと泡立って、端っこが焼けてきたら時は満ちれりだ。
「さあ、では見せてあげましょうか!名前ちゃんの華麗なるひっくり返し術を!」
大蛇丸さんとカブト君が「また始まった」みたいな顔をする。ただし大蛇丸さんは微笑みながら、カブト君は眉間にシワを寄せて。
「名前、そんな下らないことを極めるくらいなら、少しはその雑なチャクラコントロールを何とかしたらどうなんだい?」
「外野は黙ってて下さーい。それかカブト君もやってみます?やったことあります?お好み焼きひっくり返すの」
「やったことはないけど……いや、やらないよ?」
「やってみたら良いじゃないカブト。何事も経験よ」
「…………楽しそうで何よりです大蛇丸様」
大蛇丸さんのまさかの裏切りにより、ひっくり返す用のヘラを私の手からカブト君の手へと移った。
カブト君は両手にヘラを持ち、刻一刻と焼け続けているお好み焼きと睨めっこしながら、どうひっくり返すのがベストか脳内シミュレートしているみたいだ。
「どうですカブト君。その手に持っているものはクナイでもメスでもなくヘラ。今のお気持ちをどうぞ」
「言っとくけど僕はこのヘラでも君を殺せるからな」
「カブト君、殺気がマジだからそういうのやめましょ?」
色々諦めたのか、カブト君は意を決してお好み焼きの下にヘラを挿し込む。
「一気にいった方が良いですよ。少しでもビビったら負けです」
「うるさいよ」
ゆっくりとお好み焼きの片端を持ち上げるカブト君の表情は、真剣そのものだ。なんというか、根が真面目すぎるから、こういうことにも手を抜けないんだろうなというのが良く分かる。
そして意を決して、一気にヘラを返す。お好み焼きは上手いこと裏返って、綺麗な焼き目が上を向く−−と、思いきや。
「あーあー、やっちゃいましたねー」
まあるいお好み焼きは真ん中から割れ、ぐしゃっとプレートの真ん中に塊を作った。
カブト君は不満そうな不服そうな、腑に落ちないという顔をしている。
「そんな顔したって失敗は失敗ですからね?ぷぷぷーまあ初めてですし?仕方ないですねえ、名前ちゃんがお手本を見せてあげましょう!」
くしゃくしゃのお好み焼きに取り敢えず火を通し、お皿によけておいてから、また新たにタネを流す。
「良いですか、このくらいの焼き加減になったら、こう、一気に」
何だかんだ真剣に行程を観察しているカブト君と、うっすらと笑いながら見守ってくれている大蛇丸さんに見せびらかすように、お好み焼きの左右に挿し込んだヘラをくるりと返した。
「ふーん、なるほどね。これがお手本」
「………………」
見事に真ん中から割れたお好み焼きを前に、カブト君が嫌味たっぷりに言う。
「名前、何か弁解は?」
「……………だいったいキャベツ多過ぎるんデスよこれ!ひっくり返し辛くて当然です!タネに対して何ですかこのキャベツの量は!ふざけてんですか!」
「作ったのキミだろ!」
見栄えの悪いお好み焼きを前に、ぎゃあぎゃあ言い合う私たちをよそに、大蛇丸さんは先に作っておいたロールキャベツに手を付けている。
「何事も節度が大切ということね、いいから食べなさい。冷めるわよ」
「大蛇丸さんの口から節度なんて単語が飛び出すとは思いませんでした……」
「美味しいわね、これ」
「それは良かったです」
不毛な争いを中止し、私もカブト君も大人しく座ってキャベツだらけメニューに手を付ける。
私のお好み焼きも、カブト君のお好み焼きも、どちらも形が崩れていて不恰好だ。
「……で、名前。何でこうキャベツばかりなんだい」
「気分です気分。あ、ちなみに今日のでかなりキャベツ使い切っちゃったんで、当分食卓にキャベツが上がることはありませんよ」
「ほんと馬鹿だろキミ……」
お祝いなんて全く出来ていないし、何だか本来の目的からだいぶズレてしまった気もするけれど。
「まあ、私が満足したので無問題なんです」
いつかキャベツだらけのお好み焼きを、ちゃんと綺麗にひっくり返せるようになったら、あの人に食べさせてあげよう。
そんな事を考えながら。
(ところでカブト君、お好み焼きにマヨネーズかけないんデスか)
(くどくなるしマヨネーズはかけないよ)
(やはりあなたとは分かり合えない……)
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ちなみに大蛇丸様の分のお好み焼きは、カブト君が死ぬ気で綺麗にひっくり返しました。
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