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明日あるボクらに明日はない






「い〜のちぃ短し〜恋せよ乙女〜」



強化ガラスの牢の中で、何をすることも出来ずに退屈していた。

そこに、いつか聞いた間抜けな歌声が聞こえてきたんだ、嬉しくないわけがなかった。







「あっこれですかね?おーい水月君コノヤロー」

名前はガツンと強化ガラスを蹴る。と、内部の液体がゴポリと泡を立てた。
どういう意味合いのリアクションなのかは分からないが、反応があったことで確信を持ったらしく、名前はうんうんと頷く。


「これみたいデスね。取り敢えず開けてやりますか」

「おい、良いのかよ勝手に」

「いーのいーの、まあ一応約束だし」


渋がる香燐から鍵を受け取り、名前はガラス牢の錠を外す。
初めて会った時のように、内部の液体がびしゃりと床に流れたのち、水たまりから件の人物が顔を出す。




「あー、窮屈だった。いつ来てくれるかと心待ちにしてたよ」

「一生来なくても良かったんデスけどねー」

「あれ?怒ってる?ボク、なんかしたっけ?」

「なんかしたというか、何もしてないのが悪いというか」


全く心当たりが無いという表情からして、例の噂のことはすっかり忘れてしまっているらしい。


「っていうかさあ、何で香燐がいるわけ?」

名前が水月の怠慢を責める糸口を探している間に、水月は名前の背後で不貞腐れている人物に目を付けた。

「どうせ大蛇丸に内緒で来たんでしょ?いーーのかなぁ勝手にこんなことしちゃって〜」

「うっせー!また閉じ込めるぞ!」


こういうのをまさに犬猿の仲と言うんだろうな、と名前は悠長に考える。


「…………どっちが犬でどっちが猿ですかね」

「名前、なんか言ったか?」

「なんでもないですヨー☆」

香燐がピリピリしているようなので、取り敢えず名前は笑顔を振りまいておく。


「で?大蛇丸の目を掻い潜ってまで、何しに来たわけ?まさか律儀にボクとの約束を守ってくれてるってわけでもないんだろ?」

「え、いやまあ約束でしたし、それもあって来たんですけど」

「……え、マジで」


囚われの水月を、時々外に出してやるという約束。
大蛇丸に見付かれば一巻の終わりのはず。水月からしてみれば、リスクが高すぎるためにただの口約束だと考えていたのだ。

それが、名前は本当に水月を「時々外に出してやる」つもりらしい。怖いもの知らずなのか、或いは。



「……きみって、間抜けなだけじゃなくて馬鹿なんだね」

「なにおう!っていうか水月くん!その約束のこと覚えてるんなら、私が要求した対価について何かいうことがあるんじゃないですか!?」

「えーっとなんだっけ」

「このやろう!」


とぼけているのか本当に忘れているのか、水月は相変わらず無邪気な笑顔を浮かべている。

「否定しといてって言ったでしょう!ほら、あのー、例の噂を…」

「ああ、名前が大蛇丸の愛人だって?」

言うなーーっ!


ぎょわー!と大袈裟な身振りで耳をふさぐ名前を見て、水月はけらけらと笑う。どうやらわざとやっているらしい。


「ほんっと!ほんっっっとに!!!駄目ですってその噂は!洒落になりませんって!」

「あははは、約束すっかり忘れてたや。まあ良いじゃん面白いんだし」

「この子は!本音を!隠そうともしない!」


やっちゃって下さい!と名前が香燐を焚きつけると、よしきた!と香燐は、上半身だけ実体化した水月を蹴り飛ばす。
もちろん彼にそんな攻撃が通用するはずなどなく、水月は一応「ぶべっ」と殴られたような声を出して頭部を液状化させた。


「あーーもーー水月くんなんかに期待するんじゃなかった…」

「まあそう言わずにさー。また会いに来てよ名前。暇で暇で溶けそうなんだ」

「いっつも溶けてるじゃないデスか」

「そうなんだけどさ!名前が来ると退屈しないし、香燐付きでも我慢するからさ」

「なんだと水月テメー!」

ついでにもう一発蹴られて(また液状化したので正確には蹴られてはいないが)、水月はやれやれといった面持ちでガラス牢へと戻る。


「さ、そろそろ戻らないとバレちゃいそうだし、扉を閉めて錠をかけてくれる?」

「…………なぁんか、水月くんってそんなんだから分かりづらいけど、一応大蛇丸さんに捕まってるんデスよね」

「そうだよ?まあボクはお気に入りの内みたいだから、他の有象無象よりはマシな扱い受けてるけど…」


むーん。と考え込む名前。
香燐はさっさとこの場を立ち去りたいらしく、鍵束を指に引っ掛けて苛々と名前を待っている。


「分かりました。また会いに来ましょう。私も退屈は嫌いですしね」

「へへ。じゃあ、待ってるからね」


ガチャリ。

鍵が閉まる。
すると、牢内では実体化出来ない結界でも貼ってあるのか、水月は瞬く間に液体となった。





「……名前、おまえ案外お人好しなんだな」

「え?いやいや、そんなまさか。単純に良い遊び相手を見付けたなって」

「ふうん?」

「ほんとデスよ?」



帰り道。
暗い廊下で、互いの隣を歩く名前と香燐の距離は、行きの道すがらより僅か、ほんの少しだけ近くなっていた。




(そういえば水月くん、上半身しか実体化しませんでしたね)
(全身実体化してたら殺してた)
(あっハイ)



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あきゅろす。
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