ガムランの閉じた音階
石造りの、灰色の壁。そこにびっしりと書き込まれた墨の文字。
その中央に目当てのものを見付け、名前はぴょんと跳ねた。
「やったー!転送忍術成功!やっぱ名前ちゃん天才じゃね!?」
「はいはい、天才天才」
「気持ちがこもってない!」
うるさい、とカブトが名前の頭を軽く叩くと、名前は大袈裟に痛がる素振りをする。
アジトの引越しに伴い、労力の削減ということで名前も転送忍術を教わっていた。
しかし術式を書くところまではともかく、それからが難関だったのだ。
カブトいわく「転送忍術はちょっとコツが要るだけで、普通の忍術と大して変わらない。むしろ性質変換よりずっと楽」らしい。
らしいが、名前には困難だった。
「いやあ、何度やっても転送対象物が何故かカブトくんの頭上に転送されるの、最高に面白かったですよね。あ、わざとじゃないデスよ?」
「……分かってるよ。転送忍術は、普通は対になった術式にしか転送されない。あれがわざとだったらある意味神業だよ。つまり君は普通にド下手だったってわけだけど」
「言いおったな。でも見てください!この素晴らしい結果を!」
先ほど名前が転送させたクナイホルダーは、転送先の術式のど真ん中に、見事に「転送」されていた。
「ようやくコツを掴んだってことかな。とにかくこれで、君も多少は有能になったわけだ」
「へっへーん!もっと褒めろ!」
「君って露骨に調子にのるよね」
「まあね!」
鼻高々の名前を尻目に、カブトは渡された書類に目を通す。ここまでは名前のお守り。今回大蛇丸に任されたのは、ここ以降だった。
転送忍術は、今のところ非生命体でしか成功例がない。
生命体を転送する術として口寄せの術があるが、あれは「こちらへ寄せる」技術であり「こちらから送る」技術とは大きく異なってくる。
しかし「空間を跨いで生命体を輸送する」という根本は同じである。
口寄せの術が「契約者の血液とチャクラを目印にする」のに対し、転送忍術は術式を目印にするのだ。
そこで、転送忍術と口寄せの術を組み合わせ、生命体を転送する術の開発を進めろ、というのが大蛇丸からの指令だった。
「さて、どうするかな……必要なものは術式とチャクラ、そして血液……」
カブトは、横でご機嫌に鼻歌を歌っている名前をチラリと盗み見た。
そして。
「いっっっったい!!!!」
「よし、こんなものか」
「こんなものかじゃねーデスよクソ眼鏡コラァ!」
突然指先をクナイで切られ、名前は涙目になりながらカブトに蹴りを入れた。
「なんか!一言断りを入れるとか!」
「断り入れちゃったらきみ、嫌がるだろ」
「ったりめーでしょうが!頭沸いてんのか!」
名前の暴言など物ともせず、カブトは掠め取った血液をアンプルに回収する。
名前はどうやら抗議しても無駄だと判断したらしく、恨み言を呟きながら自前の医療忍術で指先を治す。
「くそ……カブトくん泣かす、いつか絶対泣かす」
「さて、あとはチャクラか……同一人物のものじゃないとマズイかな」
「だいたい、自分の血を採れば良いじゃねーデスかよ」
「自分の指を切ったら痛いだろ」
「こ、このやろう……このやろう……!」
怒りと屈辱にわなわなと震える名前に、カブトは金属製の球を手渡す。
どうやら薄い金属の表面の内側は空洞になっており、中に更に金属片が入っているらしく、手のひらで軽く転がすと、空気を微かに震わせる澄んだ音が響いた。
「……これは?」
ついさっきまで怒っていたことも忘れ、名前はその心地良い音色に聴き惚れる。
「それはチャクラを吸収する金属で出来ている鈴さ。それをこうやって、手のひらで転がしながらチャクラを練ってみてくれ。それに名前のチャクラが込められる」
「へえ、大蛇丸さんのアジトに似合わぬ素敵なものですね」
名前は素直に、鈴を転がしながらチャクラを練る。すると手のひらの金属球は細かく震え始め、それに伴って音が高くなってゆく。
やがて音色がある一定の高さになったとき、カブトはそっとそれを取り上げた。
「これで、チャクラも採取完了…っと。名前、御協力感謝するよ」
「おう、2・3発殴らせてくれたら報酬はチャラで良いですよ」
殴りかかる名前を、カブトは一瞥もせずにひょいと避け、からかうようにひらひらと手を振りながら部屋を出て行った。
「大蛇丸様。入ります」
声をかけ、カブトは大蛇丸の部屋の扉を開けた。
「御命令通り、名前の血液とチャクラを採取して来ました」
「御苦労。大人しく採らせてくれた?」
「騙し討ちで」
「ふふ、まあそうでしょうね」
カブトから受け取った血液アンプルを保存容器に移したあとで、大蛇丸は名前のチャクラが込められた金属球を愛おしそうに揺らした。
当初よりかなり高めの音を奏でるそれは、蝋燭の光を反射して黄金色に煌めく。
「この奇異なチャクラが、どんな未知をもたらしてくれるのかしら……」
「すぐに解析に入りますか」
「ええ、そうね。……それにしても」
金属球を柔らかな布の上に安置し、大蛇丸は頬杖をつく。
「この結果次第では、あの子を更に奥深くにしまい込まなくてはならないわね……楽しみだわ」
そう呟いた大蛇丸の横顔は、そこにまた別の執着心も上乗せされていることなど誤差のうちにも含まれぬほどに、「興味深い実験体を見るときの」、いつもの熱っぽい表情だった。
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