朧月夜の邂逅 大蛇丸さんって、着物が好きなんだろうか。 春らしく薄い萌葱地に桜の花をあしらった着物は、私には少し女の子らし過ぎるようだった。 大蛇丸さんはついさっき、出先から帰ってくるなり私にこれを押し付け、自分はさっさとどこかに行ってしまった。折角だから着てみたけど、なんだかイマイチ似合ってないし、お正月のときみたいに何日も着せられたらやだなあ。 「大蛇丸さんは私を、着せ替え人形か何かと思ってるんですかね」 広間に飾られている蛇の置物に、何の気無しに話しかけた。ちらちら揺れる蝋燭の光は、ムードがムードならロマンチックなんだろうけど、ここじゃ陰気臭いだけだ。 そう、大蛇丸さんのアジトは全体的に薄暗い。自分の部屋と周辺だけは、我が儘言って照明を増やしてもらったけど、大体この桜萌葱の着物だって、眩しい春の光に照らされてこそ真価が発揮されるというものだ。 暁のアジトも大概陰気臭かったけど、あそこではそこそこ自由に外に出られたし、風通しも良かった。 「菜の花畠に入り日薄れ、見渡す山の端 霞深し……って、何ひとつ春を満喫できてないじゃねーですか」 そろそろ、太陽の光が恋しくなってきた。たまには日光にあたらないと、ほらあの、ビタミンなんとかが、不足しちゃったりするんじゃないのかなあ。よく知らないけど。 ……うん、この理屈で、外に出してくれるよう大蛇丸さんと交渉してみよう。ビタミン剤渡されるだけな気もするけど。ものは試しだ。 「……ああ、名前。ここに居たのね」 反響した声に、蝋燭の火を見つめていた視線を広間の入口へと向ける。大蛇丸さんだ。 「似合ってるじゃない、それ。あなたには少し大人し過ぎる気もするけれど」 「ありがとうございます。私も同じこと思ってました」 「似合ってるのほう?」 「大人し過ぎるのほうです」 大蛇丸さんは笑顔のまま私の背後にまわり、襟首と帯の締まり具合、お端折りの具合を見て「これなら恥ずかしくないわね」と呟いた。 「何がです?」 「例の会わせたい子を、連れてきたのよ」 …………あ。 「入りなさい」という声と共に、広間の入り口に現れる影。 深い黒色の瞳は、以前会ったときよりも一層深い闇を湛えているようだった。 「…………お久しぶりです、サスケくん」 漆黒が、驚きに見開かれた。 「あら、知り合い?」 「ええ、前にちょっと。ねえサスケく」 ん。と言い終わる前に、瞬間に間合いをつめたサスケくんに手首を掴まれる。 そのまま強く押さえ付けられ、背中が冷たい石壁に触れるのが分かった。 「なぜ、お前がここにいる」 「さあ。そいつばっかりは、大蛇丸さんに聞いて下さいな」 耳元の声に挑発的に返すと、手首の痛みが弱まった。数歩退いたサスケくんを、改めて観察する。ちらっと目が合ったけど、それは気にしない。 見るに、第一部が終わってすぐのようだ。つまり第二部になればすっかり逞しく色気を帯びてくる彼も(いや、今も色気たっぷりだけども)、まだ子供。お子ちゃま。そしてまだまだ修行が足りないらしく、暁のみんなに比べたら、まるっと全身隙だらけだ。 なにが言いたいかって。 つまり。 抱き締めるなら今!!! 隙をついて抱き締めるなんて、私にしてみればお手の物! 「お久しぶりですサスケくん!会いたかった!」 真正面から思い切り抱きついてやれば、焦りと驚きに強張る肩越しに、呆れ返った表情の大蛇丸さんと目が合ったのでした。 (いやー奇遇奇遇、びっくりですねー) (名前、そろそろ離してあげないとサスケくんが可哀想よ) (おい離せあと誰か説明しろ) * * * * * * * * * * 少年はあっという間に成長しますから、今のうち今のうち。 [*前へ][次へ#] |