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ひなたぼっこデート(静雄さんと)


(『君に出逢ってしまった』のアナザーver.みたいな)




「………ん……?」
――――…重い。それになんだか頭がごりっと痛い。
そんな感覚に、穏やかで深い眠りに落ちていた三好の意識が引き戻された。
あくびをかみ殺しながら、貼り付いていた上瞼と下瞼を無理矢理ひっぺがす。頭は押さえつけられてるみたいに動かない。というか、何かが乗っかっていた。
上目に確認すれば、金色の―――、
「…しずおさん?」
自分がこの公園に辿り着いた時にはいなかったはずの、先輩。それが何故か頭の上を陣取って熟睡してる。
「………?」
三好はなにがどうしたと内心首を傾げたが、静雄の横に小さく纏まったマクドナルドの紙袋が置かれているのを見てなんとなく理解した。
昼食を摂りにこの公園に寄り、お腹が満たされたところ、この陽気に誘われてうたた寝に転じたのだろう。三好だって疲労と気持ち良さが重なって睡魔の誘惑に負けた。微睡みの心地良さに勝てる人間はそうそういないはずである。池袋最凶と呼ばれるこの人であっても、そこに例外はないと思われた。
それが自分の頭の上、というのは些か困った事態ではあるのだけど。
人間の頭は、結構、重い。

――でも。
と、三好は思う。
以前、池袋南公園で静雄に会った時と同じように疲れてるのかもしれない。

――静かで。水の流れる音なんかして。
晴れててあったかくて。風も適度に吹いて。

あの時、静雄は芝生でもあればいいと。二人でお日様の下で寝転がれたら最高だと。そう言っていた。
ここに芝生はないけれど。
今日は陽射しも温かくて、風も穏やかで――絶好のお昼寝日和には違いない。
疲れているなら、寄りかかってくれたらいい。少しだけでも、疲れを取り除けるのなら――それでいい。
そう考えたら、こうやって頭を重ねてるよりも体が斜めに傾いだこの状態よりも、楽な体勢がある気がした。
―――まあ、ちょっと、…だいぶ恥ずかしい気もするんだけど。
しかし今現在だってそれは大して変わりない。頭と頭をくっつけて眠ってたなんて、知り合いに見られたら笑えない場面じゃないか。
よし。と覚悟を決めて三好は頭を少し後ろに逸らした。支えが無くなって、静雄の頭が上体ごと下に倒れる。
下。つまりは三好の膝の上に。
女の人みたいに柔らかい膝じゃないけど。それには少し申し訳なさを覚えつつ、三好は静雄の顔からそっとサングラスを外した。
なんとなく頭も撫でてみれば、眉間の皺が和らいだ。
それに頬を緩めて、三好は小さく囁く。
「……おやすみなさい、静雄さん」


貴方を暴力から遠ざけるだけの力を僕はもたないけれど、
せめて束の間であっても穏やかな休息を――…。






静雄の携帯が鳴った。心地良さに沈みきっていた意識を引き戻され、静雄は盛大に眉を寄せて瞼を持ち上げる。
程よい弾力のある何かに預けた頭を起こすのは惜しまれたので、寝転んだままポケットからケータイを取り出した。
ディスプレイには上司の名前が表示されていて、さすがに身を起こしかける。
――かけたのだが。枕にしていたそれの向こう側に手をついて上半身を浮かした辺り。寝惚け眼に映った枕の正体がくすんだ薄青い布地に包まれた誰かの膝であり、更にそこから繋がる爪先が見覚えのある赤い靴を履いてることを認識した。
「……!」
左手の中で鳴り続けているケータイを落としかけ、やっぱり冷静にはなれないままに不自然な体勢を維持して通話ボタンを押す。
仕事中の休憩だ。いつもはさして間を置かず出るのに、なかなか繋がらなかった電話を訝しむトムに「すんません」と謝り、待ち合わせ場所を確認して静雄は電話を切った。
うららかな昼下がりに凪いだ心が、沈む。また言い訳・逆ギレ・屁理屈だらけの直中に戻るのかと思えば、どうしても気が滅入ってしまう。溜め息を噛み殺した時。

「おはようございます、静雄さん」
「…三好」
電話が終わるのを待って頭上から降ってきた声。その主を呼んで、静雄は斜めに傾いた姿勢を正す。ベンチに真っ直ぐ座り直して隣を見れば、穏やかな顔で後輩が首を傾げた。
「もう、お仕事ですか?」
「あ、ああ…」
状況からして今の今まで膝枕をしていてくれたはずの三好も心なしか頬が赤くて、変な動揺が頭やら胸やらをゆさぶる。つられて顔に熱が集まりそうだ。
静雄は目を逸らして頭を掻いた。そこで、ちょっとした違和感。
「……そういやサングラスどこいった」
視界がクリアだと思ったら、かけてたはずのそれがない。
胸元にもかかってないし、ポケットに入れたわけでもなさそうだ。記憶を漁ろうと眉間に力が入った時、三好が「あ、」と声をもらした。
「すみません。寝にくいんじゃないかと思って、預かってました」
はい、と手のひらに乗せて差し出す仕草が甲斐甲斐しく、そこはかとない気恥ずかしさを覚えながらも静雄はありがとな、と呟いた。それに柔らかな微笑を浮かべて応える三好。
「………?」
仕事の連絡があったようだし、すぐに行ってしまうかと思った静雄は何故か座ったままだ。
「静雄さん? 時間、大丈夫ですか?」
「ああ…」
歯切れ悪い返事をして、静雄がのろりと立ち上がる。
不思議そうに見上げてくる飴色の目をまっすぐ見返せず、ごまかし半分で陽に温まったふかふかの頭を撫でた。
「…重かっただろ、悪かったな」
「いいえ。少しは休めましたか?」
「ああ。おかげで疲れ取れた、ありがとな。三好」
「…役に立てたら、よかったです」
くすぐったそうに身を竦めて笑う。それを見てると肺に淀んだ重苦しくてどろどろした何かがまた一つ軽くなった気がした。
正直、この日溜まりの温かさをいつまでも感じていたい。
しかし仕事に穴を空けてトムに迷惑をかけるわけにもいかない。
静雄は少し考えて結論を出した。
「……。三好」
「はい」
「今日の夜、あいてるか?」
「はい……?」
「じゃあ、仕事終わったら連絡いれるからよ」
「え?」
きょとんと丸くなったつり目がちの大きな双眸に静雄は自然と笑顔を浮かべる。
「黙って枕代わりになっててくれたんだろ?…礼だと思って、夕飯ぐらい奢らせろ」
「え!?」
そんな悪いですよとばかりに、わたわたと振られる三好の頭をもう一度撫でて。
「先輩の顔立てんのは、後輩の役目だろ?」
返事を促すように首を傾ければ三好は何度か口を開閉させた後、相好を崩した。
「…わかりました。楽しみにしてますから、お仕事がんばってきてくださいね」


頷いてありがとなと呟けば、三好は不思議そうに首を傾げていたけれど――。
ただ傍にいて欲しいっていう我を押し付けたのだから、やはり礼を言うのは自分の方だと静雄には自覚があった。

取り付けた約束に足取りも軽く踏み出して、肩越しに振り返ってみた。後ろ姿を見送ってくれるらしい三好が、すぐに気が付いてゆるやかに手を振る。
「いってらっしゃい、静雄さん」


――おお、と此方も手を上げ返して、思う。
三好が待っててくれるなら、なんだか頑張れそうな気がした。





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あきゅろす。
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