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君に出逢ってしまった(静雄さんと)


ふらふら揺れる赤茶のくせっ毛。白いパーカーを特徴とし、制服のポケットに両手を突っ込むその姿勢はいつもより猫背気味で、進む足取りもひどく覚束ないものだった。
吹く風は穏やかで、木々の葉擦れも心地いい晴れ渡った午後。

池袋のとある公園に姿を現した少年は限界を迎えていた―――。



少年。三好吉宗はよろよろとした足取りで空いているベンチへ辿り着くと、背もたれにすがり付くようにして崩れ落ちるに近い態で座り込んだ。
―――……つ、疲れた……っ。
いつも池袋中を歩き回っているため足には自信があったのだが、今日は朝から走り回る羽目になった。
朝から駅前で因縁を付けられ、学校まで全力ダッシュ。
学校では四限目が体育で、しかも弁当を忘れてきたため購買まで走って熾烈な争いの直中に特攻。
放課後校門から出たところで黄巾賊の…法螺田さんに見つかって追いかけられ(なんであんなとこにいたんだろう)、何とか撒いたかと気が緩んだ辺りで今度はチンピラな方たちに肩がぶつかったと言い掛かりを付けられた。区役所近くまで逃げるとさすがに諦めてくれたものの……体力的にだいぶつらい。
――僕はなんか、絡んでくださいって看板でも背負っているんだろうか。
やだなあ、と三好は一瞬遥か遠くを見る目をしたが、もう何も見たくはないとばかりに瞼を降ろすと、ベンチの背もたれにすがりついている腕に横顔を預けた。
陽で温まった木のベンチと、真上で揺れる梢が奏でる葉音。心地よさに思考が散り、降りた瞼は重みを増してぴたりと貼り付いたように持ち上がらなくなる。
――…五分…だけ………。
そう考えたのを最後に、三好の意識は深いところへ沈んでいった。



その日は取立てが難航し、昼食すら摂れないままに午後もだいぶ回ってしまった。
所用があるというトムと別れ近くのマクドナルドで買った遅い昼食を片手に公園へ入った静雄は、日溜まりのベンチで休息をとる後輩の姿を目にして困惑も顕に立ち止まる。途端周辺から人の姿が漣の如く退いていくが、それはいつものことなので気にならない。
眼前の少年の方が問題だった。
「……なんでこんなとこで寝てんだ…?」
疑問で思考が逸れたせいか、または別の理由をもってか、取立て先でのあれこれや空腹からの苛々もやもやが瞬時に消え失せる。
日向で眠る後輩はよっぽど気持ちがいいらしく、ふにゃりと綻んだ口元や頬がそこはかとなく幸せそうだ。
しかし。肩にベルトが掛かっているとはいえ鞄は体の横にあって開けるのは容易そうだし、近くに人が来ても起きる様子がまるでない。置き引きに合っても気付かないだろう。
――っつーかよ、池袋がざわついてる時に無防備過ぎんだろ…。
溜め息を吐き出して、静雄は三好の隣に腰をおろした。
ちらりと寝顔を横目にして起こすべきか僅かに迷い、まあ自分が隣にいる間は寝せておいてもいいかと結論を出す。

紙袋から取り出したビッグマックにかぶり付き、砂糖とミルクたっぷりのコーヒーを喉に流し込みながら、平和だなと静雄は思った。
空は高く青くて、陽射しは温か。風が吹き抜けるたび、葉で和らいだ木漏れ日がちらちらと瞬く。涼やかな葉擦れ。一足早く秋色に染まった葉が時折ひらりと舞い落ちた。
サクサクした三角チョコパイの甘さを味わいつつ視線を横にやれば――隣には、穏やかな寝息をたてる後輩。
和む。最近新調されたマイナスイオンが出るとかいう事務所のエアコンよりも空気が清浄化されてる気がする。
――事務所の場合みんな煙草吸うから、すぐに部屋中真っ白で今一効果がわかんねーってのもあるけどよ。だいたいマイナスイオンって何だ。目にも見えねえ、実感もねえ……騙されてる気分なんだよな。

しかし三好なら効果は保証済みだ。
ムカつきも殺意も洗い流してくれる。いつだって。
――三好が傍にいれば、穏やかな生活ってのが手に入んのかもな。いつも。例えば……家に帰れば三好のいる生活…。
癒されそう。仕事も頑張れそうだ、と考えてすぐにその表情が曇る。
これまで大切に想ったものを傷付けてきた。手を伸ばして掴もうとしたものを、壊してきた。
今以上を願うのは間違いだ。
欲しい、なんて。
「――…望まねぇ、から」
武骨な腕に捉えてこの優しい後輩を壊すぐらいなら、触れられなくてもいい。
顔を見るだけで癒される反面。ずっと傍にいられる保証がない現状に時々ひどい渇きで苦しくなっても、…堪えられる。


――だから。
だから、せめて………


「…離れないでいてくれ、三好」


――もうとっくの昔に諦めた感情だと思っていた。
壊すことしか出来ない。湧き上がる怒りと共に制御しきれない力を怖がり、自分自身を信じられずにいる俺を――三好は信じてくれた。
化け物じみた俺の力を目の当たりにして、それでもかすり傷一つに心配してくれた。
普通の、人間にそうするように。

さりげない優しさ。
それがどれほど嬉しかったか、きっと三好には分からないだろう。

大事にしたい、守りたいなんて、化け物には相応しくない感情だと自嘲も浮かぶ。
それでも、この池袋で俺は――


お前


自分から手を伸ばす勇気もないくせに、三好から差し伸べられる手を待っている。
暴力沙汰が日常である俺の近くに置くのは危険だと分かっていても、突き離せない、離したくない。

―――俺は、卑怯で臆病だ。


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