W 暁に向けて 「やあハル」 ひょい、と手を上げられる。 「……ヴィリ君!?」 見るはずがないと思っていた顔に出くわし思わず声が出る。 エントランスの人ごみを器用にすり抜け従兄が目の前に立つ。 「ヴィリ君、どうしてここに」 「んー、ちょっと出張でさ。もう報告も済んで明日は非番だから寄ってみたんだよ。そしたらハルがいた」 「そうなんですか、お疲れさまです。私はここの連隊を見学に来たんです」 「これから?」 「さっき終わったところなんです。私も明日はおやすみなので、実際に任務中の方を見させていただこうと思って」 「うわあ真面目ー」 ぐったりした顔に思わず笑ってしまう。 「半分遊びですけどね」 明らかに生気を取り戻すのが可笑しくて、また笑ってしまう。 「なら全力で遊ぼう!ちょっと無茶するくらい真剣に遊ばないとここの治安連隊も仕事なくて困るし!」 手を取られてチケットブースへ向かう。 「え、ちょっとヴィリ君、全力って」 「ふれあい広場の羊とチョコボと魔王城とパレードをハルは見逃せる?」 「モコモコさん…!」 流されてしまった。 「ふかふか…いっぱい…」 気がつけばふれあい広場でモコモコさんに囲まれていた。流されてよかった。従兄はと見ると、ひなチョコボと親チョコボらしき二羽に交互に服を引っ張られて閉口している。 「うわ!ちょっと、顔つつくのはやめて」 さすがに逃げるらしい。逃げなくても撫でたら大人しくならないのだろうか。眺めていると突然従兄が羊の上に倒れ込んだ。 「ヴィリ君?!」 「うわ、ハルにカッコ悪いとこ見られちゃったな」 「そんなことより怪我してませんか」 「俺は問題ないよ。モコモコさんは、と…大丈夫みたいだな」 下敷きになった何頭かの羊が迷惑そうに鳴いてから離れていく。 「あれ?ここに引っかかったんですね。芝生がなくなってる」 「ほんとだ。植え替えでもするのかな。ギサールの野菜とか」 「それ楽しそうです!」 「うん。……言ってたらおなかすいてきたな。ご飯にしようか」 「はい!」 レストランエリアに向かって歩き始めたとき、従兄が振り向きざまなにごとかを呟いた。 「え?」 「大したことじゃないよ。モコモコさんに謝ってただけ」 追い込む。テロリストの残党は遮蔽物の多いパークの中に潜み逃げ切るつもりだったのだろうがそれこそこちらの思うつぼだ。 「お客様の安全を第一に、死角のないよう赤外線センサーと監視カメラを設置しております、だってさ。投降してもらえますか。まだましな処分になるかもしれない」 部下に銃を構えさせ、呼びかける。ましといっても自分たちPSICOMが出る対象に裁判など行われることはない。蜂の巣か薬物注射か、一番よくて二重スパイだろう。聖府に殺されるかテロリストに殺されるか程度の差だ。 「頭でっかちの無能どもが…!」 「おっと」 把握しきれていなかった重火器を使われる。着弾寸前にシールドを展開した。爆風にしばし揺れる。 「誰が戦えないなんて言った?」 部下を下がらせ首謀者の前に立つ。 銃弾はシールドに遮られ当たらない。 音が止まる。 「ああ」 笑う。 「弾切れだね」 レイピアを抜く。 毎度、瞳を見開かれる。反射する光などろくにないのに、眩しいと感じるのは何故だろう。 「さよなら、おやすみなさい」 花が咲いた。 「ウィットマーシュ少尉」 ノーチラス治安連隊のひとりに声をかけられる。 「すみません、お騒がせして。あと、芝生も汚しちゃって」 「いえ、それは……その、どうぞ」 タオルを渡された。 マスクに隠れない口元が引きつっているのを見てようやく理解する。 「ああ。ありがとう」 軍服は黒いから目立たないが、銀髪の頭は直視し難いかもしれない。部下はもう何も言わないから気づかなくなっていた。 「芝生」 あらかた拭ってから口を開く。 「はい」 「水で流せるといいけど、穴だらけにしちゃったから張り替えないと明日開園できないかもしれませんね。やった奴にはもう請求できないからPSICOMに経費申請してください」 「は……はい」 「これもらっていいですか」 元は白かったタオルをかざす。 「どうぞお持ちください!」 ますます顔をひきつらせ、警備軍の兵士は走り去った。 その背中をしばらく目で追い、ふと視線を上げる。反射したのはあれだろうか。 魔王城が曙光を受け、尖塔が赤く輝く時間だった。 「……仕事が早いのはいいことだよ」 [*前へ][次へ#] |