虹蛇
11p
日下部の横を、笑い声を上げながら学生のグループが通り過ぎる。
嵐がいなくなってから、おそらくは数分も経っていないはずだったが、ジッと動かない日下部の姿はずいぶん長い間、日下部がここでこうして一人でいるように、そう見えた。
一人ぼっちの日下部の頭の中で、小宮の台詞とそれを否定する自信の言葉が振り子の様に繰り返される。
誰も大事に出来ない。
違う。
誰も大事に出来ない。
違う……
日下部が、違うと思えば思うほどに、日下部の頭の中の小宮は強く、こう言う。
『お前は誰も大事に出来ないんだよ』
(違う!)
日下部はそう心の中で怒鳴り、「天谷……」こう小さく呟いた。
「おい、日下部?」
名前を呼ばれて日下部はハッと目を開く。
日下部の目の前には心配そうな顔で日下部を見ている嵐の顔があった。
「あ、嵐?」
「日下部、大丈夫? ぼんやりしてたけど」
「あ、ああ、大丈夫。ぼんやりなんかしてないよ。えっと……」
「もうっ、やっぱりぼんやりしてるじゃん! ほらっ、連れてきてやったよ!」
そう言って嵐は自分の隣を指差す。
嵐の隣には天谷がいた。
「あ、天谷?」
日下部は不思議そうな顔で天谷を見た。
「日下部、何? 嵐が来て、日下部が呼んでるって、そう聞いて……来たんだけど」
天谷は不安そうな顔で言った。
「嵐、天谷を連れて来てくれてありがとうな。あの、あの子はどうした?」
日下部が聞くと嵐が直ぐに答えた。
「あの子……榎本はね、私が行った時は少しは落ち着いた様な感じに見えて、もう一人で大丈夫だからアタシ達は行っていいってさ。ま、他人のアタシ達が一緒にいるよりは一人がいいかもだし、本人の言う通りに一人にして来たよ」
「そうか」
日下部は嵐の話を聞いて、小さくため息をしてから、嵐に向けていた視線を天谷に移した。
天谷はとっさに日下部から目をそらす。
(う、なんだかいたたまれない。日下部に見られるのがなんだかすごく恥ずかしい事な気がする)
そう思って天谷は下を向いた。
日下部は日下部で複雑な表情を浮かべて天谷の顔を見ている。
二人の間になんとなく気まずい空気が漂う。
「えっと、あの、二人とも?」
嵐が戸惑い顔で日下部と天谷を見て声を上げた。
その声を合図にする様に日下部が突然無言で天谷の手を掴んだ。
「え?」
嵐は日下部と天谷の握られた手を見て目を丸くした。
「はへっ?」
天谷は驚いて妙な声を出した。
急に手を掴んだりして、日下部は一体どういうつもりなのか、疑問の言葉を天谷が口にするより早く、日下部は嵐に、「悪い、ちょっと行くわ」と言うと、天谷の手を掴んだまま歩き出した。
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