虹蛇
12p
天谷は日下部につられて訳もわからずに足を動かす。
足がもつれて天谷は転びそうになるが日下部は立ち止まらない。
「あの、日下部?」
天谷のかける声を無視して日下部は無言のままに天谷を連れてグングンと歩く。
「えっ? えっ ?ちょ、日下部? 天谷? 何? 何? どこ行く気? え? ちょっと、もう直ぐ次の講義始まるよ!」
嵐は遠ざかる日下部と天谷に向けて叫んだ。
日下部は嵐の声に立ち止まることはしなかったし、その日下部に引きずられる様に連れていかれている天谷は自分の状況について考えることで頭がいっぱいで嵐を気に止めてはいなかった。
二人が去った後、嵐はしばらく呆然と立ち尽くしていたが、やれやれとため息を吐いて二人とは逆方向に歩いた。
日下部は天谷を連れて廊下をどこまでも進む。
「日下部、どこ行くんだってば! 止まれって、ちょっと!」
天谷はそう言うが、日下部は答えないし、止まらない。
天谷の目の前に階段が見える。
この階段は屋上へ続く。
天谷は日下部に引っ張られながら階段を危うい足取りで登った。
「日下部! 日下部! 離せよ! 止まれ!」
そう言うなら天谷自身も足を止めるべきだが、混乱している天谷にはそれが出来なかった。
人気のない屋上の階段の踊り場まで来て、日下部は足を止めた。
急に足を止められた天谷は勢い良く日下部に抱きついてしまった。
天谷は慌てて日下部から離れようとしたが、なぜか日下部は天谷を離さなかった。
「おい、なんだよ! 離せ! バカ! 冗談……」
天谷は日下部に、冗談はよせと言うつもりだった、なのに言えなくなってしまった。
とても冗談だなんて言える空気ではない。
天谷は日下部に抱きしめられていた。
「つっ、日下部?」
驚いて天谷が日下部の顔を見ると、日下部は天谷が今まで見たこともない表情を浮かべて天谷を見返した。
「あ、えっ……日下部、あのっ……」
天谷は戸惑った。
(こんな顔、見せられて、どうしたらいいんだよ)
天谷の体から一瞬力が抜ける。
すると、天谷を抱きしめる日下部の腕が片方緩む。
その隙に日下部の腕の中から抜け出せそうなのに天谷はそうしなかった。
日下部は腕を片方、天谷の体から離した。
日下部の指先が天谷の頬に触れる。
その指先はゆっくりと滑り、天谷の唇に触れた。
日下部は天谷の唇に人差し指でゆっくりと、確かめる様に触れる。
「んっ」
天谷の唇から無意識の声が上がる。
(な、何? この状況、一体何?)
天谷は考えたが答えを見つける余裕が無かった。
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