[携帯モード] [URL送信]
やさしいひと 土方

 きっとわたしは彼の一番の理解者でありたかったのだろう。彼がわたしの名前を呼ぶ度、わたしが彼に恋をする度、苦しくて苦しくて、憎くてたまらなくなる。事実を認めたくないただのちんけで薄汚いわたしは、こうやって彼の優しさに縋って醜い感情を満たしているのだ。最低で醜悪で貪欲なわたしを、誰も愛する筈なんてない。

 彼が愛していた、たったひとりのあの人は。笑顔で逝った、あの人は。きっと尊くて、儚くて、言葉で表すならきらきらと光るお星様のような、あの人は。もう世界中のどこにも居なくなってしまったのに。悲しみや慈しみよりも彼に愛されたことが羨ましかった。そして最後まで愛されたままで逝ったことが。わたしは、人の死さえ妬ましいのだ。
     
 

 日暮れ時。赤く燃える太陽は一筋の地平線の線を残して消え行こうとしていた。もう夏も終わり支度を始めたようだ、虫の声が真夏の余韻を告げていた。やがて彼が姿を現し、わたしを見つけて正面に立った。うつむき加減の顔のまま、ゆらりゆらりと足元を揺らす。
       
「土方さん、わたしのこと好きですか」
 
 唐突にそう聞いた。わざわざ呼び出しておいて、そんなくだらない理由だったのかと落胆されるのが怖くてたまらなくて、でも言い出せずにはいられなくて。愛が欲しいって望んだとしてもそれを求めるのは自分を貶めていくだけだと分かっていて、わたしは彼に優しさを望むのだ。自ら絶望に、足を嵌める。日は沈んだ。辺りから急速に光が喪われて行き、沈黙の間に随分と暗くなっていった。
       
「何でですか。何で答えてくれないんですか。何でもっとハッキリ言ってくれないんですか・・・!わたしの気持ちなんてもうとっくに知ってるでしょう?!
無理なら嫌いって言ってくれた方がずっとマシです。別にいいってんなら愛してくださいよ。逃げないでくださいよ。そうやっていい人ぶって、わたしは辛いだけです!」
       

 暖かい腕に包まれた。どうして、土方さん、どうしてわたしなんか抱きしめるの。あなたにはもっと大切だった人が居たんじゃあないの?またそんな事さえたら愛されてるって勘違いしちゃうじゃない。世界でいちばん愛し合ってるって、馬鹿な夢を見るのはもうまっぴら。どうせわたしが彼に愛されたとしても、彼のいちばんは別の人。じゃあキスしてもセックスしても2人で幸せになってもまだ一番大事な女のことが頭にあるってことでしょう?そんなの意味なんか無いじゃない。わたしが愛されてるんじゃなく彼女が愛されてるんじゃない。
         

 
 頬を伝う生暖かい液体。声にならず泣きじゃくってわたしは、土方さんのことだけで頭がいっぱいになって。これでもまだわたしは土方さんが好きなんだろうって憂鬱な気分になって。どうしてわたしはこんなんなんだって自己嫌悪が、いっそう心を締め付ける。優しくて暖かくて酷い人。なぜこんな人を愛してしまったのだろう。
 
 
「なあ、好きって言えば満足か? 俺は名前が一番好きだって一言言えば、たったそれっぽっちでお前は満足なのか。お前の言ってる通り、俺は忘れられない人が居る、そして生涯忘れることなんてできねェ。だから……」
 
「それでもわたしを愛してるなんて言うんでしょう、だからこのままで居させてなんて虫のいいこと」
 
「ああそうだよ、悪いか! それで何がわりィんだよ。」
       
「ばっかみたい。土方さんなんて、死んじゃえばいいのに」

 
 止め処なく涙は溢れ続ける。拭っても拭っても、思いがぽろぽろと零れ落ちて。伝え切れなかった分の悲しさとか決意とか恋とか幾つもあった、それこそ数え切れないくらいこころの奥に焼き付いている。優しくされたいよ。本音だよ、でもいちばんになれないんなら、優しくなんかされたくない。
 
だから、
 
「でもそのままじゃいけないの。無理なの、ごめんなさい、だから、これでわたしは最後にしたいです。さよならって笑顔で終わりたいです、今まで卑屈になってずっとこんな関係に甘んじていたけど、最後だけは綺麗で終わらせてください。土方さん、最後に、キスしてくれませんか。」

       
          
 何も言わずただ。苦しいような愛しいような、そしてとびきり悲しそうな顔をして、土方さんはわたしの肩を掴んで押し倒した。開け放ったとっくに冷たくなっている縁側に首が当たって小さく震えた。悲しい恍惚感が頭を支配する。両腕を背中にぴったりとくっ付けて、互いの体温を感じていた。そして私達は最後のキスをした。




[*前へ]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!