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< 悪魔の花嫁3 >
――――悪魔だって恋をする。
「―――あの、晶さん?」
悪魔が最近ようやくその手に取り戻した花嫁は男前のうえに強情な俺様である。
だから、情けない花婿は下手に出るのが一番だと経験上知っていた。
―――だけど、それだけではいけないこともある。
すっと伸ばされた腕に美貌の悪魔は目をぱちくりさせた。
まったく似合っていないその仕草を花嫁はじろりと不機嫌そうに見やるだけなのである。
「――――馬鹿がっ。腹減ったなら減ったと言え」
思ったことを言うと頭から怒鳴るくせにタイミングを見計らったように手を差し伸べるから、男前な花嫁は悪魔以上にズルイ"タラシ"なんじゃないかとそう思う。
実際カッコイイ花嫁はとても女性にモてるから悪魔はいつだって気が気じゃないのである。
――――唯一の救いは夜営業の闇医者家業では女性とはあまり接点がないということだ。
――――すったもんだで300年、ずっと1人身を通して来た男前な花嫁がそれを聞いたなら「馬鹿がっ」っと冷たく一瞥するだろうに恋に夢中の悪魔にはそんな現実は見えないのである。
「――――じゃあ、"ヤりたい"って言ったら"ヤらせて"くれますか?」
だから、空気の読めない余計なひと言を言ってしまうのかもしれない。
「――――――死ね」
―――――ドカッ!バキッ!
似合わない上目使いでオネダリした花婿にはこうして花嫁からの愛の制裁が贈られる。
――――300年ずっと我慢して来た欲望は毎日隣で眠るだけでは全く解消されない。
セックスレスに悩む悪魔はここのところ毎晩如何わしい欲望を持て余しているのだ。
「――――結構限界なのに」
ウルトラマンで言ったならピコーンピコーンそれはもう煩く鳴っている状態だから、ちょっとお伺い立ててみたのだけれどあっさりと結果は空振りである。
―――部屋の片隅に座り込みガックリ肩を落とすワンコな悪魔に花嫁からは冷たい視線が送られていた。
腕を差し出された時に大人しく血を吸って雰囲気のまま押し倒せばよかっただけの話であったが、情けない花婿は残念ながら悪魔らしさが少しだけ欠如しているのである。
「―――――はぁ」
ため息吐く情けない花婿に、ため息出そうなのはこっちだと花嫁が思っていたことを悪魔は知らない。
だから、どんより暗いでっかいワンコがちょっとだけ可愛いだなんて口が滑っても言ってやらないのだと強情な花嫁はそう思うのである。
――――人前に堂々と立って自分を主張するのも強さだけれど、静かに席を譲って誰かを優先させるのも強さなのだと医師である日比野晶はそう知っている。
―――もし席を譲らないような相手だったならきっと晶は恋には落ちなかっただろう。
日比野晶を日比野晶らしく愛してくれる優しいけれど逞しい、そんなワンコに恋をした。
―――情けない花婿の強さは花嫁だけが知っているのである。
「――――まぁ、ちょっと度を過ぎるとアレだがな」
ぼそりとした呟きは幸運なことに部屋の隅でしょんぼりしている花婿には聞こえてはいないのだ。
太陽がおはようを告げて花嫁がやっと眠りにつくその時刻。
―――悪魔はそっとベッドから抜け出して花嫁を起こさないように寝室から消えることにしている。
なぜなら、攻撃的な悪魔の本性が花嫁に襲いかかれとそう告げるからだ。
――――血を見れば興奮するし、人の香りがすれば涎も出る。
情けない悪魔だって悪魔は所詮悪魔だから、哀しいことに愛しいその人が一番おいしく思えてしまうのだ。
―――悪魔は眠るその横顔をじっと見つめた。
好きな人を傷つけたいとは思はない。
好きな人を哀しませたいとは思はない。
――――1人で泣かせるのはもう嫌だから。
そのためなら血の飢えだってつまらない欲望だってずっと我慢できるとそう思う。
―――悪魔だって恋をする。
大切な大切な恋だから。
ずっと守り抜きたいとそう思う。
――――だから、ゆっくり愛しい人に背を向けた悪魔は静かにドアへと向かうのである。
―――忍耐と言う字は耐え忍ぶと書く。
無駄に拳を握りしめてそう強く念じる花婿の背には、しかし、大きなため息を呟かれるから悪魔は「しまった」という顔で恐る恐る花嫁を振り返るのだ。
――――なぜなら、日比野晶という男は自分の眠りを妨げられることが何より嫌いだったからである。
「―――――おい」
じろりと睨まれてチョイチョイとその手が悪魔を招くから、恋の耐久性0な花婿はもう呼ばれるままに向かうしかない。
トントンとその横を叩かれれば「はい」と純情に頷いてまたベッドに逆戻りである。
「――――背中空いたら寒いだろうが」
冷たく向けられたその背中は優しい花嫁からの不器用な愛を語るから、花婿はぎゅっと胸を抑えるしかなくなってしまうのだ。
――――情けない花婿は今日もぶっきらぼうな花嫁にハートを打ち抜かれてしまう運命なのである。
8月の夏真っ盛り、エアコンの効くその寝室はエコがモットーの部屋主によってちょっと暑いぐらいの温度が設定されているから、寒いなんてことは考えられない。
だから、抱きしめても何も言わないその背中はそれが優しい嘘であることを物語っているのだ。
―――――ずっとずっと300年、ちょっと情けない美貌の悪魔は不器用な俺様に毎日毎日恋をする。
朝の太陽が遮光カーテンの間からなんとも言えない呆れた視線を送っていたけれど、300年越しにベッドで愛を確かめ合う二人にはそんなことはどうでもいいのかもしれない。
End.
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