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< 悪魔の花嫁2 >





――――取り戻したい恋はありますか?






闇医者の営業時間は日が沈んでから開けるまで。

もちろん支払が良ければ営業時間外でも電話一本駆けつけるサービス満点の闇医者だ。

しかし、べらぼうに高いその報酬に常連になる者はほとんどいない。

人間が寝静まった丑三つ時に診療室で今日も薬品のチェックをしていた日比野晶はふと手を止めた。






『――――――ドサッ』

常人離れした耳が捉えたのは"何か"が落ちた音だった。



―――急患が道で倒れたのかもしれない。

晶は小さくため息を吐いて白衣を翻すと外へと向かって歩き出した。









――――――そこにいたのは"馬鹿"だった。



「はっはっはっ。お、お久しぶりです、晶さん」

もともと青白い顔をさらに青ざめて顔を引きつらせた青年は、忘れもしない日比野晶が刺したあの間抜けな悪魔である。

玄関先の道路でベタリとコンクリートに体当たりをかましている男はどうやら1人では立つこともできないらしい。

泣きそうな顔でこちらを見ている"馬鹿"を一瞥して、晶は厳めしい顔付きで男に近寄ると肩車をして羽の生えた急患を診療室へと連れて行った。





――――――泣きそうなのはこっちだ。

小さな手の震えが抱えたぬくもりのない体に伝わらなければいい。

一言でも何かを話したらこの300年、積もり積もった心の声が際限なく溢れでてしまいそうだった。







「――――――あ、晶さんっ?な、泣いてるの?」

診療ベッドに体を落ち着けた青年は白い布団にぽつぽつと丸い染みを作る水滴に目を丸くして、その水源を見上げた。

青年の恋しい人は静かに唇を噛みしめてはらはらと目から涙をこぼしているではないか。

しかし、その涙の理由に青年はまったく心当たりがないのだ。




――――そこまで嫌われてしまったのだろうか。

刺されるぐらい嫌われたなら姿を見せることは出来ないとずっと我慢してきたというのに。




「あ、あの、晶さん?」

伸ばした手は愛しい人の体に触れることは出来ずに空を彷徨う。

その手が触れてこないことに晶がもっと心痛めていることを青年は知らないのだ。




「――――今までどこに居たんだ?」

しゅんとなったと思うと目を彷徨わせ始めた青年はじっと向けられるキツイ眼差しにようやく観念した。

怖々と上目使いで「怒らない?」っと聞き返す意気地無しの悪魔はさらにギンと睨みつけられて「すいません」と語り出す。





「――――じ、実は、あの、・・・・その―――ずっと、この家の屋根に・・・・・いました」

はっはっはっと乾いた笑みでその場をやり過ごそうとした人間臭い悪魔に、振り落とされたのは愛しい人からの愛の鉄拳である。





「この馬鹿がっ!!・・・・なんで・・・なんで、もっとずっと早く、会いに来ない・・・」

殴らてようやく雲行きが違うことに気付いた悪魔は今度こそ泣き出した男前に微笑した。






―――――ずっとずっと300年。



あなただけを見つめてきました。



あなたが怒る日はあなたに怒られたいと思いました。


あなたが笑う日はあなたと一緒に笑いたいと思いました。



あなたが泣く日は―――あなたをずっと抱きしめてあげたかった。





やっと愛しい人が寂しがっていることに気付いた鈍感な悪魔は、普段は男らしくてカッコイイのに今はただ泣いているその愛しい体を抱きしめた。




「―――――ひとりにしてゴメンナサイ」



「馬鹿が」と返す涙ぐんだ声を聞きながら、幸せいっぱいに包まれた悪魔はとても幸せそうに笑っていた。











―――――――ぐぅぅぅ。


そのお腹が不謹慎に鳴るまでは。

途端、ギラつく視線を向けられて悪魔はまたも馬鹿正直にネタバレするはめになるのである。




「あははっ。・・・実は、その・・・この300年食事をしてなくて・・・」



「――――――この馬鹿がっ!!!」


タコマークを付きで怒声を浴びせる花嫁にまたも殴られるのは、食事抜きで300年、とうとう屋根から力尽きて落ちてしまった間抜けな間抜けな花婿である。




――――300年でもっとも賑やかになった夜の診療所を、真丸なお月さまが優しく優しく見守っていた。








「――――ずっとここいろ」


太陽が顔を出して寝床につく時間、背中を向けた愛しい恋人はぶっきらぼうに愛を語る。


やっと花嫁を取り戻した悪魔は「はい」と返事をしてその背中を抱きしめた。


――――悪魔の花嫁はとても奥ゆかしい性格なのである。



失った恋を取り戻せるかどうかは自分次第かもしれない。


End.

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あきゅろす。
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