Main < 箱の中 > 「――――――お時間よろしいですか、久居要さん」 パーティー会場を抜けた廊下で、要は1人の青年に呼び止められた。正装に身を包んだ二十代前半の青年は、整い過ぎたその顔に微笑を張り付かせていた。青い瞳と金色の髪、抜けるような白い肌は、西洋人形さながらである。もちろん、感情が浮かばないところも。 ―――要はにこりと微笑んで、付き添い人たちに外で待つよう告げた。 ホテル内に部屋を取ったのだろう、青年はロビーのエレベーターまで要を連れてきた。 ―――その間に会話らしい会話はない。 やってきたエレベーターに乗り込むと、青年がエレベーターボーイに降りるように指示した。戸惑う彼に、青年は要を振り返った。 要は人形のようなその顔に、初めて感情のある笑みを見つけた。 ニヤリと音がしそうな、到底人形には似つかわしくない人を食った笑いを・・・。 「―――――彼が降りては、あなたが怯えてしまうかな?」 要はゆっくりとボーイに“行け”と手で合図した。 戸惑いながらもエレベーターを降りたボーイを前に、扉は無慈悲にも閉まっていく。 「――――精々、お仕置きされないように注意するんだな。私は躾の悪い犬に容赦はしない・・・・・まぁ、世間一般には馬鹿な犬ほど可愛いと言うがな」 ―――ひんやりと冷たい扉はガチャリと閉まった。 青年は要の言葉を耳にしなかったかのように、ゆっくりとした仕草で最上階のボタンを押した。 なるほど、そう簡単には人形は壊れないらしい。だが、そこで攻撃の手を緩めてやるほど、要は優しくはない。 ―――――“万倍返し”が彼のモットーである。 くすりと小さく笑ってから、要は背中に話しかけた。 やられて逃げ帰ってくる犬など、ただの駄犬だ。そんなものは必要ない。 「―――それで、このことをあいつは知っているのかな、篠崎祐一君?」 要の揺さぶりに、青年はようやく振り返る。人形のような顔はニコリと笑っていたが、キラリと光る瞳は、笑ってはいない。本来は、負けず嫌いの性分なのだろうと要は考えた。 「さて、どうでしょう?」 「――――行けばわかることだな」 辛うじて探りを探りで返して見せた青年を、要はすっぱりメスで切り落とした。きっと青年は怒り心頭といったところだろう。これで、彼の中での要への感情的評価は地に落ちたに違いない。まだ青い青年に、要は心の中で微笑した。 その1、相手の思惑にのってはならない。 その2、感情的になってはならない。 その3、相手にイニシアチブを取られてはならない。 ――――狭い機械の箱の中で、すでにこの先の勝負はの結末は決まり始めていた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |