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< 飼い犬 >





―――――貪るような口付けに苦しさから逃れようとした。しかし、それは力任せにねじ伏せられて舌が口腔を侵すのだ。





舐めて。


絡めて。


吸われて。






「んっ・・・・んっ・・・・・」



「―――髪から足の爪の先まで、誰にもやらねぇよ・・・あんたは俺のもんだ」



要が観念して体中の力を抜いたとき、ようやく男は要を解放した。大きく息を吸い込み、額に手を当てる。





――――おかしさに腹が捩れて死にそうだった。






「くくくっ・・・・」




たまらず要は笑った。



腹の底から。



―――――おそらく、数年ぶりに。






―――――男が初めから要を知っていたとは思わない。



何を血迷って要の飼い犬になるというのかもわからない。



だが、自分の地位ゆえに要の部下に攻撃されぬことを初めから承知で押し入り、あまつさえ、自分の危機能力を要に試させた。


そのうえ、故意に要の部下を呼び、自分はおまえたち以上なのだと、主の要の存在と同価値の飼い犬であり、金で買えるおまえたちよりもはるかに自分は上の犬だと、力の順位を見せ付けたのだ。




―――そして、何より恐ろしいことにこの狡賢い男は自分の利用価値というものをよく知っている。


要が断ることが出来ないと承知しているのだ。否、断ってもそんなものを気にすることもないだろう。





―――――なぜそこまでのするのか?





それは簡単な答だ。




その意図は知れずとも、要を手に入れその傍に確固たる場所を手にするためだ。






――――――何と狡猾で貪欲な男か。



いつその力で、あの地位で、そしてその賢さで、要の足を掬うとも知れない危険な男。それでなくとも、その存在は人を狂わせる。







――――――飼うには、危険すぎるシロモノだ。


飼うつもりが、こちらが鎖に繋がれるなど冗談ではない。まして、飼い犬に食い殺されるのは御免被りたい。





――――要はすっと笑いを納めた。



部屋に再び沈黙が落ちる。要は自信に満ちた男の瞳を見据えながら、口を開いた。






「―――――私の上から退いてもらおう」



微笑に隠されていた氷の瞳が男を突き刺す。男はおもしろそうに唇の端を持ち上げるとすばやい身のこなしで、要の上から飛びのいた。



男が銃を懐に仕舞うのを視界の端にとらえながら、要はゆっくりと起き上がる。衣服を正すと彼は冷たい美貌に無表情を浮かべながら、男たちに向かって告げた。





「―――――神田、このマンションのセキュリティはおまえに任せておいたはずだ。帰って至急改めろ。他の者も皆出て行け」



何か言いたげな神田を制して、要はもう一度低く命令した。




「―――報告は明日聞かせてもらう、わかったな」



有無を言わせぬ口調に、神田は「かしこまりました」と優雅に一礼すると他の者たちと共に部屋を出て行った。最後まで神田の顔には一抹の不安もよぎることはなかった。


おそらく、彼は主の判断を信じているのだろう。あるいは、昨日から予期していていたのかもしれない。だが、それはどちらでも要には関係のないことだ。






――――ガチャリ。





オートロックの閉まる音は部屋に寒々と響いた。






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