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< 波音が聞こえるよ 20 >














「―――――親しくなったみたいだな」






男の大きな四駆の助手席は綺麗めな友人の指定席だが、その友人がいないのに後部座席に乗り込むのも分が悪い。


結局、少し倒れ気味の助手席に収まった喬は、その背に凭れて車の横を流れるビーチサイドに視線を取られていた。







―――――水平線の海と白い浜がガードレールの向こうに再現なく続いている。


時折テトラポットと崖の情景に変わるものの、それらの景色が告げるのはただひたすらの広い海だ。









サァァァァァァ。







吹き込む潮風に髪を流しながら、聞こえる漣の音と蝉の声に喬は静に目を閉じていた。












―――――エアコンのフィルターから冷たい風が流れ込むのは夏場の憩いの瞬間だが、人工的な風を嫌う喬は本来は窓を全開にして運転する方が好ましい。







それは運転席の男も同じなのか、体力のない綺麗めな友人がいる際に使われていた冷房と絶え間なく流れていた洋楽が、今はどちらも止められて耳に聞こえるのは夏の風物詩と風の音だ。


それでも流石は米産高級大型四駆。180後半の男が乗ってもまったく狭さを感じない車は座席の背と尻のシートに冷却機能がついており、当然のように配慮されたそれを喬はただ五感で感じていた。





男の容貌と性格を除いても、大学生の身にこの車だけで格好の女の標的だ。


親が何をしているのか聞いたことはないが、金持ちなのではないかと推測するにのに十分な黒塗りのアメ車だった。


無論、運転席と助手席の位置は日本車とは正反対のため、つい反対に回って舌打ちすることは多い。











「―――――昨日の今日で素早い変わり身だな」







窓を開けた先に片腕を出し、もう片手でハンドルを握る男の声に瞼を開ける。


両手を助手席の窓から出してだらっと姿勢を崩した喬は、カーナビのアナウンスから目的地までそう距離がないことを知った。









―――――夏の昼の太陽は否応なく体力を奪う。







スペインにシエスタがあるようにその時間帯はもっとも体力消費が激しいため、流石の海の男たちも昼食がてら休憩を取ろうという話になっていた。


島の食堂に新鮮な海鮮料理を出す馴染みの店があるため、身支度の少ない喬と運転手の男で先に行って大人数の席を取るというのがこのドライブの目的だ。








「男心と秋の空。・・・ま、失礼な気がしたからじゃねーの?」







――――――誰にとは言葉にはしなかったが、その言葉の意味は運転に忙しい男には伝わらなかった。


フロントミラーを一瞥してウィンカーを出す男の眉間に刻まれた皴に喬は小さくせせら笑う。










「――――この壮大な大海原に」








大げさに手を広げて見せたが、苦笑を返した運転中の男の視線は前から動くことはない。


顔も体格も良い男が車を運転してハンドルを廻すその様子はまるで映画のワンシーンだ。


ハードボイルドかアクションか、ヒーローにつきものの美女と拳銃が車内にないだけで、もし女がその横顔を見ていたらあっさりと心を持っていかれても恨めはしないだろう。











「―――――そうゆうキャラじゃないのは俺でもわかる」







―――――右折したハンドルがするすると男の手の中で回って戻る。


しばらくして一直線の道を確認したのか、向けられた視線が笑っていた。










「こう見えて意外と一途な青春過ごしてんよ、俺?」






ニヤッと笑った喬の軽い言葉に「似合わないな」と即座に言葉が返れば、まるで旧友に見せる笑みで喬は笑った。










「―――――礼儀だ義理だ根性だって面して意外と失礼な奴。今すぐ面変えて来い」






その言葉に「無理だろ」っと笑った男と伴に車内に笑い声を響かせ、旅行三日目にして初めて運転席の男と友人らしい言葉を交わしていた。






―――――窓から吹き込むような強い風に髪を揺らしながら、笠野喬は心地良さに目を細める。
















朝浜辺についてからずっと灼熱に耐えていた喬は、風の心地良さと嫌ではない沈黙の居心地の良さにしばらく瞳を閉じたままだったが、その様子が意外な誤解を招いた。









「――――――美置が心配なんだろ?」






島の港、市場に近づいて島ではあまり見かけない交差点の信号機が赤く光っていた。



キィっという小さな音と伴に車が止まれば、心地良かった風もあっさりと止む。






大人しく交通ルールを守って止まっている車の前は全く空で車一台通りはしない。


ただ小さな荷車を押す腰の折れた老女が割烹着姿に長靴でニコニコと横断歩道を渡っていくのだ。


その都心ではあまり見かけない姿をゆっくりと視線で追いながら、喬は興味のないように男に返事を返す。








「―――まさか。あんだけ人がいんだから平気だろ。ってか、それぐらい自分でどーにかしてほしいもんだわ」







―――――老婆の荷の中に見られる白いビニール袋は市場の隣のスーパーで買い付けた今日取れたばかりの魚介だろうか。





早朝しかやっていない錆びた鉄骨を向きだしにした市場はシャッターが閉じられてはいないが、屋根の下のコンクリートは水で綺麗に洗浄されて発泡シチロールや木箱の1つも見えなかった。


見えるのは放置された網や浮きの入った鉄製の箱たちで、市場の向こうの港にはパイプ椅子に座り炎天下の中、釣糸を垂らしている老人の姿もある。











「―――――駆け引きは嫌いなくせに逃げ隠れだけは天下一品だな」






明るめの声を発して市場をじっと見つめていた喬の横顔に、ゆっくりとアクセルを踏んだ男の言葉が告げられる。


ようやく男を見つめて肩を竦めた喬の行動を一瞥して、再び運転に集中した男が苦笑気味に呟きを残した。










「・・・・暴きたくなるな、それ」








――――その言葉に鼻を鳴らした喬だったが、ゆっくりと日の光が当たる感覚に車の天井を見上げる。


サンループの天窓がすっと開いて、道路を見つめる男が細やかな優しさで喬を揺るがすのだ。









「―――――吸えよ・・・革張りで窓開ければ匂いは着かない」









―――――なぜ冷房ではなく全開の窓なのか。






理由を察した喬は運転する男の容姿が男前でなかったとしてもその性格だけで十分モテると気づかざるを得ない。


だからこそ、思わず呆れたようなその言葉を苦笑気味に呟いていたのだ。












「・・・・・んと、人の良いシェパードだな。ピッドブルにもってがれんぞ」








――――しかし、自然体で細やかな気遣いを見せた男に例の犬談が通じるはずはない。







噂の食堂の駐車場に車を乗り入れカーナビの画面に映る後部映像を見ることもなく、バックでスムーズに駐車した男がサイドブレーキを引く。



そして、助手席に向かっておかしそうに笑った男がからかいの呟きを残すのだ。









「笠野、日本語しゃべれよ」










――――喬はぷっと吹き出した。











「しゃべってんよ」









真夏の炎天下、小さな島の海岸線を走ったそのドライブは使いっぱしりにしてはなかなか楽しいそれだった。





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