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< 波音が聞こえるよ 19 >










――――苦手意識の強かった男ともっとも長い会話をした後、しばしの沈黙を伴にして二人は大人たちの待つ客室へと向かった。






その後は酒飲みのドンちゃん騒ぎで布団を引く間もなく大部屋でのむさいとしか言いようのない男だらけの雑魚寝が待っていた。


ショップのサーファーに女性のスタッフはいるが、今回の旅行に参加してはいない。


そのため、言うまでもなく酒の席は下世話な話で満たされ、年下となる大学生の3人には無論、進んで恥を掻かざる得ない状況が待っていた。







―――――酒の弱い綺麗な友人は酔いに任せて「美置君の前なら脱げる」と本当に着替え始めた女を前に指一本触れられなかったという人気はあるが悲惨なモテ無さを暴露し、珍しく酒を手にとった男はその容姿に反して「私のこと本当に好きなの?」という言葉とともに浮気された過去と現状維持で悩める痴女被害の数々を語ったのだ。



飲みの席の恥掻きがニューフェイスや後輩の役目であるのは世の常で、そこに多少の嘘と虚偽が混じっても問題はない。


要は場の盛り上がりと空気が白けなければそれでいいのだ。


結果、喬もその流れに乗り、ラブホに置かれていたSMチェアの使用を年上の女に求められ、乗り気になったいざその時に求められていたのは座る側だったという夜の十八番話で大いに場を賑わせた。














「――――――何読んでるの?」








――――早朝の浜辺でやることもなく、サーフィンに興じる友人たちを尻目にタオルを頭から被った喬は、民宿で借りたパラソルを砂に立て、こちらも適当に借りてきた本を開いて文字を追っていた。







視線の先に立っていたのは昨日波乗りのポイントを教えようとしていた人物で、「さぁ」と首をかしげて表紙のタイトルを確認する喬のやる気の無さに小さく笑い声をあげた。


「俺も休憩」と呟いてパラソルの影に入り、横に座った相手に共通の話題もないため、それとなくサーフィンの話題を振れば「昨日は興味なさげだったのに」っという苦笑をもらう。


そのまま「昨日は月の物で」とさらりと返せば相手は「なるほど、だから今日も入らないのか」と笑う寛容な大人だった。


包帯を巻かれた怪我のことは昨日のうちに全員が知っているが、ひねくれた年下の我侭を説教したところで何の効果も得られない事実を経験豊富な年上は知っているのだ。








――――――すぐに酔っ払いになった友人をそれとなく呼んでその隣で雑魚寝して起きた早朝、やはり大人数で喬たちは当然のサーフィンへ足を向けた。







観光ドライブの別行動を提案する友人たちの気遣いをあっさり断った喬は、昨日より前向きな気持ちで砂の灼熱地獄を過ごす。


それは男に指摘されたからでも、大部屋での居心地の悪さから聡かったからでもなく、ただ単純にそうゆう気分だからだ。





サーフ旅行に来て浜で読書という不幸な落ちも笑いを誘うし、この先、海水浴場でもないプライベートビーチのような静かな海辺でこうしてのんびりすることは少ないだろう。


大学生活も残すところ1年半。遊べる期間は限られており、来年は卒業研究に勤しむことになる。





昨日は荒んだ心に囚われ、冷静な判断が鈍ったが、友人たちのサーフィン姿を目に焼き付ける機会があってもいい。


見るよりは動くタイプの喬だが、たまには見る側に回ってみるのも悪くはない。






―――――学部どころか学科の違う男とは時折綺麗めな友人の傍で顔を見る程度で互いに直接連絡しあうこともないため、貴重な時間と言えば貴重な触れ合いだ。


連絡をマメにとっている友人にしても学部学科違いで来年は忙しくなり、卒研室に泊まり込みともなれば早々会えなくもなる。








―――――最後の夏とまで言わないが、自由に過ごせると分かっている夏は今年で最後だった。








クーラーボックスを浜に持ち込み、適当にバスタオルひいて転がっていた喬はミネラルウォーターを取り出して蓋を捻る。


「お、俺にも」という隣の男に新たに冷えたボトルをボックスから取り出して渡すと、喬は冷たい水を喉に流し込んだ。


時折、水欲しさにやってくる男たちに水を渡すか、民宿のおばちゃんに持たされた砂糖まぶしのレモンを渡すかが今日の笠野喬の貢献だ。









「――――本当はどうなの、興味あるの?」





水をごくごく飲み終えた男が優しげな笑顔で問いかける。


その言葉に海の沖の方で波と戯れる男たちの影に視線を移して、笠野喬は何年振りかの苦い過去を口にしていた。













「・・・・俺、海で溺れたことあるんすよ」








ザァァァァァ。








―――――押しては返す波の音がこの海にいるどの人間も知らない笠野喬の過去をひっそりと囁き出す。



じっと遠くに視線を這わせた喬の瞳に宿った暗さは、しかし、囚われるというよりは真摯に向き合う前向きなそれだった。











「――――美置君みたいに水怖いの?」




穏やかな大人の問いかけに喬は海の遠くに見える過去から視線を逸らすと、米神を流れた汗を頭にかけたタオルで拭った。









「――――水っていうより沖?足つかない場所ってか、ボードに立って深い海の色見るとどうも余計な力が入っちまうんですよ。条件反射って奴っすね」








慣れない敬語が浜に砕けて、封印された心の扉がゆっくりと開かれる。


しかし、意外に開放的なそれに喬は目を細めると小さな笑いを表情に浮かべていた。









「だから、まぁ、成る様に成んだろって?」








―――――接する機会の薄い相手にだからこそ、語ることが出来た真実だ。



相手もそれを承知しているのか、隣の男はただ海を見て笑っていた。









「パドリングや波待ち見てる限り、上級者レベルなのに波に立った途端ぎこちないから妙だと思った」






ゆっくりと穏やかな視線を終えて、今度はお茶目な光に揺れる瞳が喬を振り返る。








「―――――それか。君のウィークポイント。まるで究極の狙い目だな」






喬はタオルの中から顔を上げるように空に笑い声をあげると、ニヤッとした笑みで隣の大人を見つめ返した。















「――――すっげぇ魅惑の狙い目っす」









そのしたり顔の表情が面白かったのか、ぷっと隣の男が噴出せば、喬もその男の笑い声につられて笑い出したくなった。


その場に二人分の弾けた笑い声が大きく響いて、海に出ていた男たちが何事かと振り返る。


だが、そのまま腹を抱えた二人はしばらく笑いが収まるまで、そうして夏の熱さの中に馬鹿笑いを飛ばしていた。















「―――――笠野がこんなにおもしろいとは。いや、トークはうまいと思ってたけど、基本俺たちの前じゃあんましゃべらないから正体不明だったし」






やがて語られたその言葉は夏の太陽のようにまぶしく、喬の目を細めさせた。


まるで面白いものを見つけたような嬉しそうな視線の中に昨日までの不信感はなく、代わりに満たされていたのは親近感だ。








「・・・まぁ、人見知りっ子なもんで?」





――――砂の入り込むビーチサンダルの中で足の指を動かして砂の感触に笑っていた喬の頭に空のペットボトルがコンと当てられる。









「――――もっと早く教えて欲しかったよ。お兄さんは」





にこっと笑ってボトルを置いて海に向かう穏やかなその大人の背に笠野喬は今ならサーフィンの極意を素直に聞ける気がしていた。






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あきゅろす。
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