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< 波音が聞こえるよ 18 >














「―――――気づいてるかどうか確信はない。だから、一応言っておく」





やがて喬の吸う煙草が短くなった頃、隣の男が席を立って上から見下ろすように喬に視線を向けた。











――――その敵意に似た視線の鋭さに。






目の前に立つ男がただ見せ掛け通りの男ではないと悟る。












「――――杏里さんに気をつけろって美置に伝えてくれ。あの人、両刀なんだ」








すっと目を細めた喬の行動をどうとったのか。












「―――――意外と身近にいるもんだな」











―――――ジュッ。







灰皿に溜められていた消火用の水の中に煙草が沈むのを二人の視線が追った。


歪んだ価値観を知られるのも面倒で笠野喬が間を置いて選んだその言の葉は、微塵も驚きを語りもせずに消えた火とともにその場に掻き消えた。











「・・・・・いるさ。世の中意外に狭いからな」







ただ、その何かを含む言葉に一瞬ひやりと冷えた気がしたのは。









―――――オマエはどうだ。







その問いかけが喉まで来ていたからだ。












「・・・・美置はあの人のタイプだし、妙に構ってるから嫌な予感もする。それに・・」







密やかに聞こえる2階の騒ぎに立ったままの男が目を細める。













「―――――もともとこの島来る予定なんかなかったはずだ」










殊更低いその声が。









―――――笠野喬に確信を齎していた。

























「―――――で、何でそれ俺に言ってんの?」







―――――なぜ杏里という男の好みまで知っているのか、湧き上がる本来聞きたいその問いかけは悉く喬の口を出ない。


ただ傍目には情熱がないと評価されるその冷たさでぽつりと言葉が誰もいない玄関先に零れただけだ。













「―――――考えてみろよ」








―――――蚊取り線香の煙がゆらりと昇り、玄関先の灯り近くで鈍い音を立てて首を振る小さな扇風機の風に定期的に拡散される。







ジ――――――――。







そう聞こえる鳴き声のその蝉の名前は何だったか。











「―――――何でオマエに話すのか」






男から齎される低い囁きが告げる言葉の裏を笠野喬は考える気はない。


ただ淡々と含む言葉を零して行く男との関係がまだまだ深くはないのだと実感するだけだ。










「・・・・そうゆうの勘弁」






新たな煙草を取り出して、口に銜えた喬の視線は生憎と語る男を見はしない。



じっと何も考えていないような視線が揺れる蚊取り線香の煙を追った。










「―――――暗に悟れよっての?」







一点を見つめて言葉を落とした喬の視線の先を追うように男の視線もまた線香の煙を見つめた。












「――――つまり、駆け引きか・・・・」








―――――低いその声が大人の男の色香が混じるニヒルな笑いをその場に落としていった。








女子を前に態度を変えるのが世の男の大半だが、常に自然体で構えない男はおそろく豹変する必要もない。


ただ海を愛するように人を愛し万物を愛す。


欲のない仏ではなく、確かな雄の匂いのする男に違いないが、その視線はまるで帰国子女のように個の差をすんなり認め、ただ大きな視点で物事を見ている。







―――――熱血とも純情とも違うそれが意味するのは静観や達観に近いそれだ。









「・・・・イメージと違うよな。美置といると割と軽いノリだし、チャラいとまではいかないが、それなりに遊び慣れた空気出して、そのくせ最後はバッサリか」








男の語った言葉は茶化すようなそれでだったが、トーンの低さが独白のそれだと否定する。








―――――シュッ。





宿から拝借したマッチを擦れば、扇風機の風に揺られて茜色の炎が火薬の匂いを撒き散らした。











「・・・・大人ですって見せかけで繕って、一体何を語んの?単純なことをさも複雑げに話す気ねーのよ」






一時、その炎を見つめた喬の視線が伏せられれば、ジリジリと煙草の先を焼くように紫煙が昇る。










「―――――だから、年上の女なのか?」







駆け引きをせず純粋に体の関係だけを年下の男に求める女ばかり選ぶその理由。









「・・・・包装紙。開けんのそんな楽しいか?」








――――喬の口からふーっと大きく紫煙が吐き出された。



しかし、理由がそれだけではないことを笠野喬は告げはしなかった。







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