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< 波音が聞こえるよ 10 >










―――――結局、友人の言葉に違わず、本質は黄昏人の喬はその午後、何年目かにして繋いだ手を離すことに思考を巡らせて穏やかな眠りに誘われることはなかった。





考え事をする際、アルコールが体にあれば、その考えは良い意味では楽観的になりはするが、アルコールが抜け始めれば途端に否定的な意見が心に沸くのを止める術はない。


回る思考に苛々の募った男の取った行動と言えば、少年のような寝顔を晒して眠る友人の無防備な腹に民宿の管理人に借りたペンで顔を書くという子供じみた悪戯だった。










「・・・・・・喬め喬め喬め」







予想に違わず寝起きに大声をあげた友人が呪いのように人の名を呟くが、遅い昼飯を腹に入れながら、しらっとそれを無視した喬が出かけた男との遣り取りをそれとなく話せば簡単にその機嫌は回復していた。


さらにそのタイミングで装備も準備も万端、その上経験も豊富なサーファーたちから、民宿近くの浜辺でバーベキューに誘われれば、浮かれた幸一の口から断りの言葉が出るはずはなかった。












「やっぱ、夏と言えばバーベキューだよな」







昔からお祭り事と言えば、目を輝かせる幸一が喬の隣を歩きながら楽しそうに呟きを残す。



日が暮れたとは言え、むっとした湿度の高さを誇る熱気はまだ収まりを見せず、ジリジリと昼間の熱を吸収したコンクリートがビーサンを伝って足を上って来るようだった。



ざわざわと勢いのある風に木が大きく揺れる音がするのは刻々と台風が近づく予兆なのか。







―――――開催していない幸一と喬の歓迎会を兼ねているため今夜は着の身着のままで良いとの連絡を受け、二人は今、街灯の明かりも乏しい田舎道を携帯で告げられたまま歩いていた。








ペタン。





ペタン。






闇に響く間抜けなビーサンのその音を都会では見れない星空を眺めて聞きながら、喬はただ気だるげに足を進める。


かすかな蝉の音と波の音以外には都会でありがちな車の音もサイレンもない。











「・・・・オマエ、昼も飲んだんだから飲みすぎんなよ」








驚くほど大きな蛾やカブトムシらしき昆虫が群がる街灯を見つめて思わず眉を寄せる。


まるで誘蛾灯のようなそれが、隣で浮かれる友人のように思えた自分の腐り加減に思わずため息も出はするが、今までの実績が喬から警戒心を取り払うことはなかった。






本能的な危機感が心の中で首を擡げるのは、これから合うサーファーたちへの警戒心だけとは言えない。


口から零れた忠告には外へ出たきりおそらくバーベキューの手伝いに借り出された男が晩餐の果てに酔いつぶれた友人の世話をする映像が脳裏を過ぎっていたからでもあるのだ。



おそらく疲労している男への配慮とともに、もし本当にその事態に陥った場合、喬は長い友人として自分がどうゆう態度に出ればいいのか未だ決め兼ねている。


友人がボードを購入すると騒いでから今まで、散々警戒していた男が吊橋効果か、はたまた旅行先の新鮮さか、今日という日、より身近で信頼できるように思え始めたことに喬は内心狼狽していたのだ。









「へーき。へーき。喬いんもん」








だからこそ、能天気なその声に足を止め思わず本音交じりの呟きを零す。










「―――――いつまでも俺が面倒見ると思ってんじゃねぇよ」








―――――ジャリ。







海から飛ばされた砂がコンクリートの表面をうっすらと覆って、足を止めた喬のビーチサンダルの下で大きく悲鳴をあげた。






じーっという音とともに光を発する街灯の下で暗闇に覆われた夜に漏れたその声音はふざけて吐いたにしては声の低さが目立つ。



瞬時に余計な物をそのセリフに含めたことに気がつき舌打ちしたが、幸一の苦笑を見れば取り返すことが出来ないのは明白だった。





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