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< アースガルド >
「―――――――ッ!」
一仕事終えた後の帰路を何の気なしに歩いていた優は腕を取られて、一瞬、その手をナイフにやったが、嗅ぎ慣れた香水の匂いにほっとその手を収めた。
強引に防犯カメラの映らないその通路脇に体を引き摺りこまれた優はただその名を呼ぶ。
「―――――ウォルフ」
――――責めるようなその硬い声音に銀髪の美丈夫は楽しそうに笑った。
ふふふっというその声は確かに楽しそうなそれだったが、しかしその翡翠の瞳の中にはじっとりとした熱情が込められて――――。
「――――――今夜はうちに泊ってください」
―――――ゆっくりと耳元で囁かれるそのテノールが絶対の響きを持ってその熱さを吐露するのだ。
――――――エージェントがミッション中一般人を装うのはしごく当然のことだ。
チームに女性がいれば男性とセットで恋人役になるのも必然。
その日はたまたまその男性側に優が選ばれた。
ただそれだけのことだった。
――――――『よくあること』
その一言で全てが片付けられるなら、この恋を簡単に捨てることが出来ただろう。
―――――ウォルフは愛しい人の腰に絡めた己の腕にぐっと力を込めた。
ずっと見ていたのだ。
イヤホン越しに指示を出しながら、カメラ越しにずっと・・・。
――――女が自分の愛しい人の腕にその腕を絡めるのを。
「――――――ウォルフッ!」
――――腕の中に取り戻した愛しい人の首筋に口づけると、咎めるような声があがる。
さらりとその声を無視したウォルフはああと漠然とした安堵と飢餓を感じて心のままに囁くしかなかった。
「――――――今夜はあなたを離せそうにない」
―――――腕の中の体は一瞬固まったが、やがて諦めたように力を抜いた。
言葉のない返事をもらったウォルフは小さく微笑むとなお一層抱きしめるその手に力を込めた。
End.
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